第97話 月曜日からご褒美(百合ふうふ)


 月曜日。朝。

「わあああん、嫌だよぉぉぉ、月曜日嫌だよぉぉぉぉ、出社嫌だよぉぉぉぉっっっ!!」

 玄関前で、香奈はわめいていた。

 月曜日。今日から五日間働かないといけない。

 絶望だ。

「そうは言っても、来てしまったものは仕方ないですからねぇ。月曜日さんは追い返せませんし、ここは覚悟を決められるとよろしいかと」

 香奈のパートナーの梢が、おっとりと言う。

 身体の弱い彼女は、働きに出られない代わりに家事一切を取り仕切っていた。

「嫌だよぉぉぉぉ、今週こそ休む!! も、ぜってぇ休む!!」

「ふむ……」

 梢は頬に手を添え、しばし考え込んでから、

「では、お夕飯はカレーにしましょうか?」

 にっこりと微笑み言った。

「え……」

 その提案に、香奈は目を見開いた。

「先週もカレーだったのに? いいの? カレーは二週くらい空けるって……」

「香奈さんのためですから」

「くっ……で、でもそんなのには屈しないもん! 今日は休む!」

「コロッケ屋さんのカニクリとコーンコロッケも付けます」

「ぐぬっ」

 月曜日は、近所の揚げ物屋さんの割引デーだ。お安く美味しいものが手に入る。

 つまり、いつもより揚げ物の数が増えるということで。

「で、でもそれくらいじゃ……」

「そしてデザートは、果物屋・三吉さんのマスカットジェラート」

「はぐっ」

「食事の後には、頭のツボ押しマッサージ」

「くぅっ」

「そして……」

 すすす、と梢は香奈に顔を近づけ、

「膝枕で耳掃除です……♡」

 耳元で囁いた。

 香奈のやる気がギュンっと音を立てて上がる。

「今週も元気に行ってきます!!」

 バ―ンッと扉を開け放ち、香奈が飛び出した。

「はーい、いってらっしゃい。気を付けて下さいね」

 マンションの廊下をバタバタと走り抜けるパートナーを、梢はにこにこ見送っている。

「毎週毎週よくやるよね……」

「おはようございます、前田さん。今週もうるさくしてすみません」

「それはいいんだけど」

 そんな彼女に声をかけたのは、お隣の前田さんだ。

 前田さんも、旦那さんのお見送りに出て来たらしい。

 前田さんの旦那さんは、ゆっくりと梢に会釈をしてゆったりとエレベーターホールの方へ歩いて行く。

 香奈とは対照的だ。週の始まりと思えないくらいの優雅さだった。すごい。

「毎週、駄々っ子を気持ちよく送りだすのがすごいなあと思ってさ」

「ふふふ、毎日がんばって働いて下さってるんです。少しでも気持ちよくお仕事に行って欲しいじゃないですか」

「そういうアンタのがんばりも素晴らしいよ」

「恐れ入ります」

 アンタも無理しちゃ駄目よ~と言って部屋に戻った前田さんに頭を下げると、

「さぁて」

 梢は、パチン、と頬を叩いて気合を入れた。

「私も元気に今週を始めますか!」


 あなたに気持ちよく過ごしてもらうため。

 そんなあなたを見て、私が嬉しくなるため。

 今週も、張り切ってやっていこう。


 そう、誓うように。


 END.

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