第76話 LINE交換焼きおにぎり記念日(義理の姉弟。ほのぼの)


「ふわー、うまっ。めっちゃ、うま!」

「そりゃ良かった」

 私は、用意された焼きおにぎりを一口かじって感動した。醤油味とみそ味があって、とりあえずひと口めは醤油の方で。

 うまい。カリカリで、醤油の香ばしさが、じゅんと染みてて、とにかく美味しい。

「いやあ、空腹で目を回してたところだったからね。助かったよ」

「アンタ、馬鹿だろ」

 私の目の前に居るのは、去年、母親の再婚により出来た弟くんだ。

 まだ高校生で、確か私と七つくらい歳が離れていたはず。

 私はすでに一人暮らしだったので、一緒に暮らしたことは無い。そのせいか、弟というより、最近存在が確認された親戚の子、みたいな感じだ。

 三白眼で背が高く、口調も柔らかくないので、ちょっと威圧感を感じないでもないけど、いい子だと思う。

 何せ、初めて来た義理の姉の家で、空腹により(というか、空腹からの貧血で)ぶっ倒れていた姉の為、せっせと味噌汁を作り、ついでに「焼きおにぎりが食べたい」とかいうクソみたいな我儘も叶えてくれるわけなのだから。

 面倒見のいい子なんだろうなあ。

 顔合わせのときも、何だかんだ、ちょっと抜けてるお義父さんのフォローをしていたしなあ。

 苦労性だな、と今現在苦労を掛けている身で思ってしまった。

「俺は空腹で倒れてる人間を生まれて初めて見たよ。一人暮らしなのに飯食い忘れ続けるとか、馬鹿なんじゃないか」

「言うねぇ~。いやあ、原稿に集中してたら寝食を忘れちゃうんだよね~」

 親と暮らしていて、学校に行けば友だちもいる。そんな状況でも空腹で目を回し、睡眠不足でぶっ倒れていたのだから仕方ない。

「……。母さんが様子を見に行ってくれって言った意味がよくわかったよ」

 ちなみに母さんは、自分の実家の用事でここ最近忙しいらしい。

 またじっちゃの難題だろうか。

「いやあ、悪いね。高校生に迷惑かけちゃって」

「全然悪いって思って無さそうな顔だな」

「いやいや、これでも多少は反省してるんですよ」

「多少かよ」

 チッと舌打ち。

 うーん、それはダメだぞ、少年よ。

「書いてるとのめり込んじゃうからね。ま、そういう性質だから今、何とか仕事が出来てるわけなんですけども」

 二年前に運良くデビュー出来たぺーぺーだ。一生懸命書き続けないと、頼まれたものをたくさん仕上げていかないと、この先に続かない。

 そう思うと怖くて仕方ないから、のめり込んで書く。書くしかない。

 そんなことは、もちろん言わない。

 彼に対しても。親に対しても。誰に対しても。

 すべての不安は、自分でどうにかする。

 ずっと前から、そう決めている。

「で。〆切は無事だったのかよ」

「だいじょぶだいじょぶ。入稿確認のメールを見てから倒れたからね。そのへんはしっかりしてるのよ、アテクシ」

 ブイサインを掲げる。

 は~~~と特大のため息が彼の口から漏れた。

「……次は、いつだ」

「何が?」

「〆切。いつなんだ」

「えーっとね。まだ決まってない」

「決まったら教えろ。様子を見に来る」

「えー、いいよぉ」

「いいから!」

 彼は、そっぽを向いて言った。

「俺が、気になるんだよ」

「……そっか」

 本当に、面倒見のいい良い子だ。

 または苦労性。

「ありがと。じゃ、お言葉に甘えさせていただこうかな」

「ん」

 そうして私たちは、LINEを交換した。

 いつの間にか出来た遠い親戚、よりも、少しは近付けた気がする。

 そんな〆切日。


 END.

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