第7話 付き合ってなくても(付き合ってない男女)


 昼休み。

 がらりと2年A組の扉が開け放たれ。

「ダーリンっ! 教科書かーしてっ!」

 一人の美少女が飛び込んで来た。

 ウェーブがかった長い髪は明るく、二重のぱっちりおめめは長い睫毛で縁どられている。ブレザーのスカートは、校則通りの清楚な膝丈。紺色のハイソックスにワンポイント、可愛らしいうさぎがついている。

 歩くたびに薫るのは、甘いシャンプーの香り。

「お安い御用だよ、ハニー」

 そんな美少女を出迎えるのは、この教室いちの美少年。

 艶々の黒髪に、切れ長の瞳。怜悧な美貌に、ほんの少し笑みが乗れば、それだけで女生徒たちは頬を赤らめる。

 長い脚を悠然と組む姿には、自信が見て取れ、自然とこちらの頭が下がる。

「やーん、ダーリン、愛してるっ!」

 美少女が、美少年に勢いよく抱き着いた。

「ふふふ、やめないかハニー。人が見てる」

 だが、美少年はそれを余裕で受け止め、おでこをツンとつついて窘める。

 あまりにも絵になる二人だった。

「おーおー。また椿姫が牡丹谷のとこ来てるよ。あっこのカップルはホント仲良いなぁ」

 それを、少し離れたところから見る男子生徒そのいち・中谷。

 その光景は、このクラスでは見慣れたものなので、もはや照れすら無い。

 綺麗なものと綺麗なものが戯れている、善きかな善きかな。くらいなものだ。

「……あれ? あそこ、カップルじゃないよ」

 中谷の向かいに座り、ポッキーをかじっていた女子生徒が、冷静につっこむ。

 彼女の名前は木原。彼女も、あの二人の日常には慣れっこである。

「……」

 木原の一言に、中谷はもう一度、二人を見た。

 美少年の膝に、甘えるように座る美少女。

 腰に回される手。その手を撫でる手。

 微笑みを交わし合う二人……。

「いや待て、あれのどこが!? 付き合ってないって!?」

「だぁって、椿原本人が言ってたんだもんよ」

 美少女の苗字は、椿原と言う。たいていの人間は、その見た目から椿姫と呼ぶ。


『たーちゃんとはぁ、付き合ってないよ? ただの幼馴染☆』


「……って」

「……!!」

 中谷に、衝撃が走った。

「付き合ってないのに、はいアーンとか! 腕組んで帰ったりとか! 週末一緒に映画観に行ったりとか! ダーリンハニー呼びしたりとか! する!?」

「……そうねぇ」

 木原が、新しいポッキーを一本出して、彼に差し出した。

「ほら」

「あ、サンキュ」

 それを、とても自然に中谷はくわえた。

 ……いつも、やっているから。

「はいアーンくらいなら、するじゃん?」

 ニッ、と笑う木原に、中谷は「ぐっ」と詰まる。

「そ……れは……そうだけど……」

 ごにょごにょと言い訳を呟くが、木原には届いていない。

「それにさぁ」

 木原が、あの二人を見た。

「あそこ、お互いが、お互いのタイプの真逆だからねぇ」

 そして、しみじみと言った。


 椿原慶三(美少女♂)、タイプ:自分よりもプリンセスらしい女の子。

 牡丹谷竜子(美少年♀)、タイプ:自分よりも王子様な男の子。


「……性別逆転カップルとしては見た目最高に美男美女で合ってるのにな」

「ていうか、それぞれの好みに合わせたら、見た目が最高に百合で薔薇なカップルが爆誕するよね。それはそれで見たいけど」

 まだイチャイチャ(付き合ってない)してる二人を見ながら。

「それで」

 木原が問うた。

「話は戻すけど。……はいアーンしたら、カップルなん?」

 ポッキーを差し出して。

「それ、は……」

 いつものように、それをくわえて、中谷は答えに迷う。

「ところでこれ、観に行きたいって言ってた映画のチケットなんだけど」

 『いつも通り』、木原が映画のチケットを出して来た。

「アンタの理論だと私と行ったらデートになっちゃうね。どうする?」

 中谷は逡巡して……

「行く」

 それでも、うなずいた。

 いつも通り、彼女と共に映画を見られる喜びを抑えて。


 いつもと違うのは、それが隠し切れていないこと。朱い頬が、如実に何かを表している。


 にっこりと、木原が笑った。

「当日、おめかししていくね」

「……おう」

 離れたところからそれを眺めていた椿原と牡丹谷もまた、にっこりと微笑んだ。


 END.

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