第6話 眩暈(男女恋人。やや暗め)


「……かな、さん?」

「……!」

「どうしたの……? 怖い夢、見た?」

 暗闇の中。

 隣で身じろぎする気配を感じて目を覚ました。

 目を開けると、やっぱりかなさんが膝を抱えて座っていた。

 長い髪の向こう側、怯えた目が、こちらを見ている。

「……」

 その目からは、幾筋もの涙が流れていた。

 数時間前、この腕の中で眠りについたときは、とても穏やかな寝顔だったのに。

「──だいじょうぶ」

 俺もゆっくり起き上がって、かなさんに手を伸ばした。

「……っ」

 かなさんは、びくっと肩を震わせたけれど、俺が目を見て微笑むと、すぐに身体の力を抜いて、素直に胸の中へと飛び込んで来た。

「大丈夫、大丈夫だよ」

「……っ、……ッ」

 ぎゅっと俺に縋り付くかなさんを優しく抱き締める。

「俺が、いるよ」

 ぽん、ぽん、と優しく背を叩く。

「怖い夢は、ここまで追って来ないから」

「……」

 かなさんの過去に何があったかは、実はよく知らない。わからない。

 それでも、たまにこうして、かなさんは悪夢を見る。

 悪夢を見ると、かなさんはそれ以降朝まで眠らない。……夢が現実ここまで追って来そうで怖いのだと、いつか彼女は言っていた。

 折れそうなほどに細い手足。蒼白い肌。色素の薄い髪。

 かなさんは、まるで夢の世界の妖精のようだといつも思う。

 このまま、儚く、消えていってしまいそうな。夜の闇に連れて行かれそうな。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 だから、こうして抱き締める。

「……ずっと、そばにいるよ」

「…………」

 夢にも、夜にも、何にも彼女を奪わせやしないように。

「大丈夫だよ」

 彼女が、心の底から安心出来るように。


 ──そうしてどうか、ずっと、俺の傍にいて。


 俺は、願いを込めて、彼女の頭にキスをした。




 END.

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