第5話 そういうとこだぞ(付き合ってない男女)
漫画同好会部室。
目の前で、一人の女生徒が机に突っ伏している。
「心折れそう無理もう無理もう筆折る」
短い髪を無理くりくくった彼女の名前は、絵葉みく。
俺と同じ漫画同好会の部員で、副部長。部長の俺からしたら、片腕とか言ってもいいはずなのだろうけど。
「またか」
俺は、思わず呆れ声で言った。
未だにこいつから支えられた記憶が無いので、まったく片腕とか相棒とか、そんな認識が湧いてこない。
「いやもう無理、ホント無理! こんなのやってらんないよーう!」
バンバンッと机を叩きながら、絵葉が吼えた。
今日は部活動の無い日で、部員は居ない。居なくて良かった。
ここには、俺と絵葉の二人だけ。俺は絵葉に呼び出されたのだ。
呼んだ理由は、これ。
愚痴。
……マジでこいつ、何で副部長なんだろう。いや、俺の学年が、こいつと俺しかいない所為なんだけど。
「全然いいね付かないしぃ! 感想も無いしぃ! なんでボクってばこんなことやってんの!?」
「そりゃお前、漫画描くのが好きだからだろ」
「そーだけど!」
ダンッ
拳が、机を思い切り打った。
……あれ、机にも悪いけど、手にも悪そうだよな。あとで痛くなったりしないんだろうか。効き手じゃない左手だから、あまり気にしなくていいのだろうか。いや、そんなこたないだろ。
「でも、感想とかいいねとか欲しいんだもん……!」
「出た、承認欲求オバケ」
みくの発言の八割は「感想くれ」に終始する。創作者としては、かなり苦しい部類の生き物だと思う。
「そりゃ、ボクだってさ? 楽しく絵だけ描いときたいよ。好きなキャラクター好きに動かして好きに漫画描いて、たーのしー! サイコー! ってやってたいよ」
でもさ!
ドンッ
またも、拳が。
「……欲しいって思っちゃうんだもん~~~」
感想、いいね、RT。
ここまで承認欲求オバケでなくとも、きっと創作者たちが皆欲しがるもの。
……SNSは、魔物だ。
相手からの評価が丸見えで、そして他の人間の評価も丸見え。
承認欲求を煽りに煽るシステムは、ぶっちゃけ毒にしかならないように思う。
顧問の先生は、個人サイト時代はもう少しのんびりしていたよ、なんて言うけれど。
「あー、褒められたい。浴びるように褒められたいよぉぉぉぉ」
こいつを見ていると、きっと個人サイト時代でも似たようなことを言っていたのではないかと思ったりもする。
訪問者カウンターとか、感想掲示板とかがあったという話だし。
「いいじゃん。見てくれた人がいるだけで」
「そうだけど、そうなんだけどぉぉぉ」
むくりと絵葉が起き上がった。
「……何かもうさ。こうしてあんまり増えないPV数とか見てるとさ。ボクって要らない子なのかなって思うわけ」
目の下には隈。右手にはペンダコがある。
「自分なりにがんばって、漫画研究したり、わかりやすいように描いたり、色んな本読んだりして、そりゃそれは趣味だからいいんだけど、でもさ」
こいつが、楽しそうに絵を描き、漫画を読んでいたのは、いつまでだったろう。
「……結果に結びつかなかったら、何か、ぜんぶ、無駄みたいに思えて来てさ……」
幼馴染の俺ですら、よく思い出せない。遠い、遠い過去みたいに思えた。
……や、実際は二年前とか三年まえとか、そんな大した昔じゃないってことはわかってるけど。
「その正直さは、見ようによったら美徳だな」
「どーせ、ボクは面倒くさいやつですよーだ」
「何だ、自覚があったのか」
「ひどっ」
「そうやって、身を焦がすほどの情熱があるのはいいことじゃないか。知らんけど」
「知らんけど言うな!」
俺は、漫画を描くことなんて小学生のときに止めた。
理由は単純。こいつほど上手くなかったし、情熱を注げなかった。
相変わらず、読むのは大好きだというのに。
ちっともペンは乗らず、そしてそのことに悔しさすら感じないのだ。
「慰めるのか、貶すのか、どっちかにしろよなぁ」
「どっちかに偏ったらお前、調子乗ったり、地の底まで落ちたり、面倒くさいことこの上ないじゃん」
「言うよね」
「……でもま、俺はお前の新作好きだぞ。女の子可愛くって」
「……」
絵葉は俺を見上げ、頬を染め……
「身内に褒められてもなぁ……」
ることもなく、ただただため息を吐いた。
「そういうとこだぞ、お前」
俺はそう言って、その頭めがけてチョップした。
END.
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