第31話


 前触れも立てず大きな衝撃音を立てて、執務室のドアが開け放たれた。


 走ってきたのだろう、息も上がり慌てた様子の側近が勢いよく入ってくる。


 入室の手順を忘れる程の急ぎの知らせらしい。



 セルヴィスは、少し前の感傷的な雰囲気を吹き飛ばして、一瞬で王の空気を纏った。


 すぐに、ナーヴェもその緑の瞳を蒼く塗り替える。



「妃殿下が・・・!!」


 ただならぬ側近の様子に、セルヴィスが怪訝な顔で聞き返す。


「何かあったのか?」


「ご自害されました・・・」


 事態が呑み込めなかった二人の男は、その場に呆然と立ち尽くした。


 冷静を装うナーヴェだったが、その顔色は今にも倒れそうなくらいに青ざめていた。



 ◇



 アメリアはもう長い間、半年以上も眠ったままだった。


 自害を図ったアメリアはすぐに発見され、手厚い治療が施されたが、身体の傷は消えても意識が戻ることはなかった。


 それは、もう目覚めたくなどない、という彼女の意思を表しているようだった。


 医師の見立ても、こんな状態が続いている以上、彼女がこれから目を覚ます可能性は殆ど無いだろう、という絶望的なものだった。


 そして、これ以上施せる治療は存在しないとも。



 ◇



 目を覚まさないアメリアの手を握り、切なげな表情で彼女を見つめるナーヴェ。


 彼はアメリアが目を覚ますことは無いのだと頭では解っていても、毎日のように彼女の許に跪くためだけにやってくる。


 それは、どれだけ公務が忙しい時も変わらなかった。


 彼は、既にセルヴィスと入れ替わりを済ませていた。


 日に日に体調が悪くなっていく今の兄には、彼が公爵として行っていた外交の公務を代わりに全うできるとは思えなかったので、『公爵』は急な病で療養することになったという理由をつけて、外交は別の者に担当させた。


 ナーヴェは、まだセルヴィスに成り代わる事を完全に受け入れられた訳ではなかった。


 しかし、『王』であれば城で長い時間過ごしても不自然ではない。


 もし公爵として外交の役割をまだ担っていたのだとしたら、今のように彼女の許に通い詰めることは出来なかっただろう。


 そう考えれば、そこまで悪いものでもないかもしれない、と彼は思っていた。



 換気の為に開けられていた窓から流れ込んでくる、春の午後の風はぼんやりと生温かった。


 こんな出口のない温室のような日が、これからずっと続いていくのだろうか・・・彼は呆けたように窓際の椅子に腰かけた。

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