第32話
ナーヴェとアメリアの二人だけだった静かな部屋に、ノックの音が響いて、セルヴィスが入ってきた。
彼は少し沈黙した後、何か覚悟でも決めたかのように真剣な表情でナーヴェに言った。
「彼女の目を覚まさせるために、一つ私に試させてくれないか?」
ナーヴェが眉を顰めた。
「何をしようと言うのですか、兄上?」
「どうか・・・私を信じて、任せてほしい」
「そんなこと・・・」
「今更、私のことなど何一つ信じられないという気持ちも解るが、だが、私も何とかしたいと思っているのは本当だ・・・この命を懸けても、」
セルヴィスは、ナーヴェに説明した。
自分の命を彼女に注いで、移し替えるのだと。
「それでは、兄上が・・・!」
それは一種の禁忌魔術だった。
術者の死亡が確定しているゆえに。
「それで構わない。私はそれだけの事をしたのだから・・・。彼女に対して、最初から最後まで全てが偽りという仮初めの夫ではあったが、最後の最期ぐらいは誠意を見せたい・・・という私の我が儘だ。それに、どうせ残り少ない命だ。有効に使ったほうが良いに決まっている」
セルヴィスは償いがしたかった。
出会った時から、嘘の塊のようだった自分に、いつだって誠実に接し続けてくれたアメリアに。
多分、これが彼女に対して自分が出来る最初で最後の一番の償いに違いないのだと。
◇
新月の夜、日付が変わる時刻。
セルヴィスはアメリアの胸にある痣の上にそっと手を添えると、全身の魔力を自身の掌に集め、古代語による詩のように長い呪文を唱え始めた。
彼の魔力はなみなみと溢れ出し、その身を昇る朝陽のような黄金色に発光させた。
それは美しい光景だった。
そして、自身の残り少ない命と魔力の一切を、欠片も残さずアメリアへと一度に注ぎ込んだ。
すると、奇跡が起こった。
全身に流れる一時的な魔力の増大によって、星がその生命を終わらせる瞬間に、生涯で最も強い輝きを放つように、セルヴィスは失っていたその『愛』を本当の最期に一度だけ取り戻したのだった。
彼は自分でも気付かないうちに、涙を流していた。
随分と久方ぶりの事だった。
セルヴィスの世界は、失っていたその色を取り戻した。
最愛のレクシアとの思い出も、長く尽くしてくれたアメリアへの親愛も。
全てが色づいていた。
世界がこんなに鮮やかだったなんて、ずっと忘れていた。
アメリア、長い間すまなかった・・・ありがとう。
今行くから、レクシア・・・
そして、その命のすべてをアメリアのために燃やし尽くした彼は、幸せそうな顔で微笑み、静かに、眠るように息を引き取った。
◇
「強いくせに酷く脆くて、傲慢なのに優しさを捨てきれない・・・あなたは本当にどうしようもなくて、いつも勝手な人だ・・・さようなら、兄上」
誰も自分の話を聞いてくれる存在が居なくなった部屋で、ナーヴェは独り言のように呟いた。
その肩は微かに震えていた。
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