第26話 ナーヴェの胸中Ⅰ


 屋敷へ帰った私は、私室へ入ると視認阻害の術を解いた。


 鏡の中には、忌まわしい緑の双眸が覗いている。



 私は魔術を習得した頃から、公の場ではこの術を使い始めた。


 兄弟として不自然ではないが、兄上とはあまり似てはいない、私を見た人間はそんな印象を受けるような。


 成長するにしたがって、顔が変わっていったように見せかけた。



 ◇



 私と兄上は双子の兄弟だ。


 竜の末裔である王家。

 その紋章である双頭の竜を思わせる双子は、エルランドでは吉兆だとされている。


 だが、私にとってはただの煩わしい呪縛でしかなかった。


 生まれた時から、私と兄上の容姿は瓜二つだった。

 今だって服を入れ替えれば、宰相ですら気付く事はできないだろう。


 幼いころから、私は常に兄上のスペアとして扱われた。


 今でこそ、公人としての兄上に対しては尊敬もあり、どこか吹っ切れたところもあるが、常に自分の存在意義に対しての葛藤があった。


 同じ顔だというのに、長子かそうでないか、というだけでその扱いは全く違う。


 兄上は昔『兄弟なのだから仲良くしよう』と私に言っていたが、兄上には私の気持ちなど解るわけがない。


 彼は持てる者だ。


 ただそこに居るだけで必要とされ愛される存在。


 自分で手を伸ばさずとも、必要なものはすべて向こうからやってくる。


 自分が持っているものは、誰でも簡単に手に入れることができるものだと無条件で信じている。


 恵まれているなどとは思いもしない。


 それが当たり前だと思っている。


 自分が光に照らされているせいで、影ができて、その中に誰かがいるかもしれないなんて思いもしない。


 生まれながらの強者。


 持たざる者だった私にとって、彼は眩し過ぎて目を背けたくなるだけの存在だった。


 なまじ顔が同じだけに、自分ではどうすることも出来ない己の境遇が余計に腹立たしく、兄上の無邪気な発言の全てが偽善にすら思えて、心の中では常にどこか彼に対しての反発があった。



 ◇



 そんな何もかも持ち合わせているような兄上に、私が大切にしている存在を譲らなくてはならない事になるなど、思いもしなかった。


 自分以外の誰かが彼女に選ばれるのだとしても、仕方ないと割り切るつもりだったが、兄上が相手になるのだけは嫌だった。


 だから、国王に就いたばかりの兄上に番が現れたと聞いたときは、心から祝福した。


 内心、兄上と私の『唯一』が愛し合う可能性は無くなったのだと密かに安堵した。


 なのに、それは偽の番だったなんて・・・。



 運命は残酷で、その後、私の『唯一』こそが兄上の本当の番だと知らされた。


 王家に生まれた者にとって、『竜の誓い』は番よりも重いものだったので、この婚約に横やりを入れることは十分に可能だった。


 しかしながら、私は彼女の意思を優先したかったために、そこに口を挟むことは出来なかった。


 何より、彼女は自身の番だと判った兄上を慕ったから。


 だからこそ、彼女の幸せを願って託そうと思ったのに・・・。

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