第5話


 窓の硝子に冴え冴えとした月が映る。


 身体を隅々まで清められ、薫り高い香油を肌に塗り広げられたアメリアは、煽情的な夜着を身に着け、天蓋付きの広いベッドの隅に座りセルヴィスがやってくるのを待っていた。


 彼女の身支度をする侍女たちは浮き足だって楽し気に、この香油は殿方を高揚させる花のエキスが入っているのですよ、だとか、こんなアメリア様を見たら陛下はどうなってしまうのかしら、など言っては顔を赤らめながら彼女の世話をしてくれた後、嵐のように去っていった。



 一人になった途端、アメリアは考え込んだ。


 結婚式でもあのような様子であったのに、夜になったからといって、急に情熱的な態度に変わるようなことはあるのだろうか。

 アメリアにとってのセルヴィスは唯一の無二だが、彼にとってのアメリアは・・・表情を見た限りでは誰に代わっても良さそうに感じられた。


 番というのはお互い無条件に愛し合えるものだと思っていたけれど、自分たちの場合も含めてそうでないケースもあるのかもしれない。


 アメリアはこれから始まる初夜が、想像していた番とのロマンチックな夜とは程遠いものになりそうだと感じて、少し悲しい気分になった。


 しかし、そんな調子では折角この場を整えてくれた侍女たちにも申し訳ないと思い、例え理想とかけ離れたものになるとしても、自分の勤めは果たさなくてはとアメリアは決意を固くしたのだった。


 ◇


「入るぞ」


 しばらくするとセルヴィスが、部屋に入ってきた。


 立ち上がったアメリアの格好を一瞥すると、そんな恰好をしていると風邪をひくから早く服を着ろと言い、彼女に構わず一人でベッドの中に入ってしまった。


 一瞬期待したアメリアだったが、セルヴィスの予想外の行動に呆気にとられ、ハッと気づくとすでに彼は寝入った後だった。


 彼女は声を掛けたが、彼がその夜に目を覚ますことはなかった。


 相手にすらされていないことに対する失望、無駄に色気のある服を纏った自分が酷く道化じみて哀れに思えることが、ない交ぜになったアメリアは、混乱してなかなか寝付くことができなかったが、空が明るくなり始める頃やっと疲れ果てて眠った。


 止まらなかった涙が、彼女の瞼を悲しげな色に染めていた。

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