第2話 初夏の残照(東風)

「初夏の残照(東風)」

 

 確かにそれは初夏の白い午後だった

 初夏の匂いのする娘だった

 ずっと昔に置き忘れた新緑の匂いだった

 僕たちは四月の教室のようにぎこちなく話をした

 

 確かにそれは初夏の青い空だった

 僕たちはためらいもなく恋に落ちた

 まわりのすべてが真珠色にときめいていた 

 初恋のようなため息の似合う初夏の雨だった。

 

 梅雨晴れの見慣れた街景だった

 僕たちは手をつないで歩いていた

 二人でいる時間がここちよくてたまらない

 僕たちはお似合いのカップルに見えたのだろうか

 

 君は七月の試験をめざしていた

 僕は言葉を売って暮らしていた

 二人で夏の旅の約束をした

 子供のようにはしゃぐ君が苦しいほど好きだった

 

 金木犀の風が君に吉報を運んでくれた

 君の未来に光の架け橋が舞い降りた

 僕は自分のことのように嬉しかった 

それから・・・。

 「もう大丈夫だね。一人で生きていけるよね。」

 

 乗り慣れた特急列車が茜の雲を追いかけていた

 小さな影がいつまでもホームの端に映っていた

 たぶんそれが最後の車窓だったと思う

 僕と君とのやるせない初夏の残照

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