第4話 ギルド

 ケイはバイクを走らせ、学術院から都市部へ繋がる専用道路をひた走る。ケイのバイクはハヤブサ改、見た目はニッポン国製の往年の名車”隼”だが、主機は水素ロータリー、駆動系はセミオートシーケンシャルシャフトドライブ、足回りは電子制御オートバランサー、オマケに立体空間センシングシステムなど、最新装備を備えた別物である。専用道路上ならセンシングとオートバランサーによる無人自立運転まで可能だったりする。車輌本体はケイの『師匠』に貰った物だが、オリジナルからここまで改造したら「邪道」とめちゃくちゃ罵られた、半世紀以上も前のバイオ燃料(化石燃料ではない)を用いた旧式レシプロバイクを、そのまま乗るのはどうか?、と考えての改造だったのだが…確かに外観以外はやり過ぎた感はある。


 そんな愛車ハヤブサケイを駆り、ケイが向かっている先は、彼の師匠と居住しているヨコハマの自宅……ではなく、旧キタザト大学病院、現国立中央国防医大だ。

 大通りから正面ゲートをくぐり、特別管理区画へと入る、その先には大学関係者専用地下駐車場入口があり、ゲートバーで封鎖されている。近づくとバーが自動的に開き、そのまま入った。

さらに奥には車用の立体駐車場ゲートが6っつ並んでいる、どれも入り口は空いているが3番だけ閉まっている。シャッターには故障中使用不能と、張り紙がされているが、ケイは迷わず3番の前につくとヘルメットのバイザーを上げ、3番ゲートの据え付けカメラへ視線を送った。すると壊れているはずの3番シャッターが自動で開いて行く、開き切る前に中のゴンドラへとバイクを滑り込ませる、本来車専用のゴンドラであるので、片側のタイヤ止めまでバイクを入れると、自動的に後ろのシャッターが閉まり、ゴンドラが下に向かって動き出した。かなり深く降りて行く、ゴンドラが停止すると、今度は前のシャッターが開き、車止めが下がった、水素ロータリーの甲高い音をさせ、外に出る、其処はまた別の平置き駐車場空間だった


「げっ」


 ケイは、駐車場の片隅に駐車されているとある車を発見する。それはボディーカラーが深い濃い蒼で、サイドには黄色のラインが入っている、ケイには見慣れた車。

 スタリオンGSR最終モデルと言う、ケイのバイクと同じく、ニッポン国産の車だ、それはケイの師匠の車だった。


「なんだろう、ここに来るなんて珍しいな」


 ケイはバイクを見えない所に隠す様に止めてバイクを降りると、ヘルメットを後ろのホルダーに掛け、辺りを見回す。


監視カメラは至る所にあるが、周囲には誰もいない。


ケイはスタリオンに近づいた。ボンネットはまだほんのり熱を帯びている。来たばかりのようだ。車には触れないよう窓越しに中を覗き、誰も乗っていないのを確認すると、ほっとため息をつき、駐車場の一角にある入口へと向かった。


 入り口の扉には…


 左に八角形車掛、内向きに矢尻が三つ並んだ家紋のようなモノ、右には左向きの3本の蛇の尾を持つ鳳凰が描かれている。

 そこは『ギルド』と呼ばれる機関の新本部、旧本部は諸般の事情で使えなくなったので、元々支部だったここに移設された。

 入り口から中に入ると白い面を被り銃火器で武装をした警備員が待ち構えていた。

 警備員はカメラでケイの顔を写し何かを確認すると胸に手を当て敬礼をし、彼を通してくれた。通路を進んで行くとちょっとした広さのホールに出る。


「ケイ君?」


 後ろから呼び止められ、ギクッとするケイ、振り向くとそれは彼の知り合いだった


「なんだ、カガリさんか」

 ケイはほっとした。パンツスーツ姿でボブヘアの背の高い女性が立っていた。


「なんだとは失礼ね」

「あ、すみません。でも流石カガリさん、気づかなかったですよ」


 彼女はここギルドのトップチーム『蒼水ソウスイ隊』隊長の『松明屋篝カガリヤカガリ』、古くは忍びの家系だ。


「丁度よかった、貴方に聞きたいことがあったのよ」

と言いながら彼女はケイのところまで歩いてくる。


「なんですか?」

「あなた今、本院の高等部に通ってるわよね?」

「はい先週から、……なんで知ってるんですか?」

「先日イズモ様から聴いたわ」

「師匠からですか…それで?聞きたい事って?」

 カガリは少し躊躇いがちに口を開く

「…貴方の身の回りで、行方不明になってる子とか居ないかなと思って」

「行方不明…ですか?」

 ケイはそう言いながらも、一瞬クロエホタルの事が頭に浮かぶ。しかし2週間居なかった程度で行方不明とも言い難い。

「いいえ」

とケイ答えた

「そう」

カガリは深くため息をついた。

「行方不明って?、尋常じゃありませんよね。なんなんですか?」

「それがね、マナ様のことなんだけどね」

「ノナさん?、そうだノナさんは、あれからどうなんですか?、大丈夫なんですか?」

「今も私の実家で静養して頂いています。だいぶ落ち着いてきたわ」

「例の隕石騒ぎで怪我したと聞いてたんで、よかったです」

 ケイは、ほっと安堵する

「でもね、怪我よりも精神的な方が問題なのよ」

「精神的?、なんですかそれ?」

「ええ、隕石落下現場にマナ様以外にもう1人いたらしいの」

「いたらしい?」

「マナ様があの時、あの場所に女子学生がいたというのよ」

「学生?、本院生ですか?」

「本院生なのか分院生なのかわかってないの、顔見知りではあるらしいのだけど……」

「どんな子です?、特徴とかは?」

「物静かな子らしいわ、背格好はそうね話に聞く限りケイ君ぐらいかしら?」

「それだけじゃわからないですね、なんで公開捜査にしないんですか?」

「警察に行方不明者の届け出がないのよ」

「え?」

「仕方ないから、部下を使って私的に捜索させてはいるんだけど、とにかくマナ様の言われた女子学生が不明なの。かと言って学院に問い合わせるにも無用な混乱を招きそうだし、せめて名前でもわかればいいんだけど……」

「……見間違えとか?」

「それは無いわ、マナ様が嘘つくわけないもの、慰留品もあるしね」

「慰留品?」

「眼鏡よ」

「眼鏡ですか?、それならそこから…」

 しかし、カガリは首を振る

「ほとんど熱で溶けてしまっていてね、ブランドとか判別できなかった」

「眼鏡か…」

 ケイは、ザイゼンカスミがクロエホタルと会話していた言葉を思い出していた


…あれ?眼鏡は?


「…他には何か無いんですか?」

「天文関係の、そうね部活とかしている子じゃないかって仰ってた、時折複数の学生達で来てたらしいから…その線からも探しては見てるけど…」

 ケイは間違いないなと確信する、ノナの見た女子学生はクロエホタルだ。しかし、神社の惨状を聞いている。それは凄まじい衝撃と破壊だったと……

ノナは運よく社務所の陰にいたから無事だった。その社務所も吹き飛んでいる。もし爆心点に近い場所にいたとするならば、無事に済むとは思えない、そうすると、あのクロエホタルという人物が神社にいたなのかという疑問が起こる。


 難しい顔をして考え込むケイを見たカガリは怪訝な顔をする。

「何か思い当たることがあるの?」

 カガリの問いにケイは悟られないよう即答する。

「いや、無いですね」

「そう…うちの蒼水ソウスイ隊の能力じゃここが限界かぁ、キビ隊長に相談しようかしら」

「そっすね、黒霧クロキリ隊なら学術院の内部まで調べられるでしょうからね、隊長から話しが来たら俺が動きますよ」


「うーん、それがね…」


 カガリがケイの近くまで顔を寄せると耳元で小さな声で囁いた。

「イズモ様や総長からは、オガミケイは学生だから学内で仕事はさせないようにって言われてるのよ」

「え?、そうなんですか?」

「だから、君は勉学に励みなさい、この話は内緒ね…」

「はい…」

「…ところで、こんな時間にどうしたの?」

「ああ、ちょっと調べものです」

「そっか、そういえば今、イズモ様がいらしてますよ?」

「あー、の車見ました……」

 ケイの目が泳いでいるのを見て、カガリは目を細める。

「どうしたの?、また何かしたの?」

「またって、なんですか」

「最近ケイ君が言うこときなないって、嘆いていらっしゃったわ」

「う、ここのところ顔合わせてなくて、そのー…すんません」

 手を合わせ拝む姿勢を取るケイ

「ははーん、思春期だなぁ?」

「え?、いやそんなんじゃないし……」

顔を赤らめるケイ

「ふふ、りょーかい…で、学校生活は楽しい?」

「え?、ああ、なんと言うか刺激的です」

「刺激的なの?」

「それだけ新鮮というか楽しいというか…今まで学校に行ってなかったから」

「じゃあ、イズモ様に感謝しなきゃね、ちゃんと勉強するんだぞ」

「はい」

「じゃあ、もし何か情報あったら教えてね」

「了解です……」

 と、踵を返そうとしたケイは、もう一度カガリへと振り向いた

「そういえば、アネさんは師匠と一緒じゃないんですか?」

「先輩?、観てないなー」

 と、言いながら、カガリが苦笑する

「あの人ここには入り難いんじゃない?、旧本部の件があるし」

「いやー気にしてないと思いますよ、アネさんは、神経ず太いし」


「んだとクソガキ!」


「うおっ!?」


 背の高いカガリの後ろに、彼女より頭1つ低い小柄な少女?が腰に手を当て仁王立ちしている。

 長い黒髪をポニーテールにし、ショートの黒いライダー風革ジャン、ニーハイに草色のキュロットスカートと軍用ブーツといった出立ち、顔立ちはちょっと吊り目の超絶美少女だが、凄まじい形相で睨んでいる、彼女がケイの言ったアネさんこと、『高津タカツマアノ』である。


「ありゃ来てた」

とカガリ

「あ、アネさん…来てなかったんじゃ…」

「今きたんだよ」

 マアノはケイの前まで来ると、片手を伸ばしケイの両頬を掴みギュッと締める

「お前、あとでちょっと修練場に付き合え」

「ふぁい」

「カガリ、ここの場所借りるぞ?」

「え?、あ、はいどうぞ、でも先輩までどうしたんですか?」

「知らん、メスブタに呼ばれた、カガリ、ジジイの所に案内してくれ」

「メスブタにジジイって…」とカガリ

 マアノはいつも、ケイの師匠である”イズモ”を”メスブタ”と、”ギルド総長”の事を”ジジイ”と指してそう呼ぶ。カガリもケイもそれは察っしてはいるのだが、相変わらずのあまりの物言いに2人共ため息をついた。

「アネさん…もうちょっと相手に敬意を…」

 ケイがなだめるようにマアノに言うも……

「じゃあクソジジイだ」

 がっくりと肩を落とす2人

「もういいです、案内します」

 カガリが手でマアノを通路の先へと誘導する。


 マアノはカガリと行ってしまった。

 これでケイがここに来た事を師匠のイズモには知られてしまう、実は、先程カガリが言っていた

「学生だから〜」

はケイも言われていたので、ここの所あまりギルドには出入りしないようにしていた。


「ま、いいか、とにかくアイツの事を調べよう」

 ケイは、ギルドの情報センター室へ向かった。


 途中自販機で牛乳パックを買い、センター室前の扉まで来た。脇にあるカメラに顔を近づけると、解錠と表示され

 厚さ8mmの防爆ガラス扉がゆっくりと開く、同じ様な扉をもう一つくぐると、”情報センター室”だ、其処はギルドが持つこの国のほぼ全ての情報が集約されている

 完全隔離されたスタンドアローンで構成されており、外部からのアクセスは一切出来ない仕様になっている。


“ギルド”とは、


この国の非公開諜報機関でありその出自は不明、遥か昔の世から存在している。

 ケイは、首長たるギルド総長に会った事何度かあるが、その本名は知らない、隊長格にさえ知らされていないらしい。ただし、ケイの『師匠』ことイズモとは古くから関係と聞いていた。

 実はケイは、ギルドの正規メンバーではない、言うなればフリーランス。例外的に自由に出入りを許されていて、実はマアノも同じだ。師匠であるイズモの後ろ盾…というのもあるが、実力を買われているという点が大きい。

 ケイは、正規、非正規合わせてもココでは最年少のトップエージェントである。

 ただ、今は学生であり、形式上休業中という事になっている。


 情報センター室に入ると、その中央には大きな円形のカウンターがあり、そこから放射状に端末がいくつも並んでいる、カウンターのセンターには天井まで伸びるタワーが備わっている、しつらえはバーカウンターの様なのだが…

 近づくと、実際にバーカウンターであり、意味不明、タワーにはしっかりといろんな酒が飾られていた。

「マスターいる?」

「おうオガミ屋、ここに来るのは初めてだな、バーはまだやってないぜ?」

 カウンターの後ろから現れたのは、西洋人系のスキンヘッドで背が高い男性だ。

 彼が、ここ情報センター室長にして、バーの店主、通称「マスター」

「いや、俺未成年だし…てっ、新本部にも同じ物作ったのかよ?」

「どうよ、俺の趣味」

「どうよじゃないよ、私物化すんなよ」

「総長にはちゃんと許可もらってるんだよ」

 取り壊された旧本部の情報センター室にも同じバーがあった、それもドリンクの価格設定が異様に高い、まさにボッタクリバーである


「で、今日は何しに来た?、休業中だと聞いたぞ?、学生さんよ」

「そんな事まで知ってんのかよ」

「情報センター室長を舐めんなよ」

「……今は休業中だよ。で、この人物を調べて欲しいんだけど」

ケイはマスターにメモを渡した


「ほう、クロエホタル…学生ねぇ、って事は個人的か?」

「まあな」

 周りの端末で自分で調べることもできるが、ケイはあまり得意ではない。それに、自分のIDで調べると、誰が調べたのか記録が残る、今回ケイはそれを嫌った。マスター権限で検索してもらえれば、さして問われることもない、それに情報のエキスパートである、彼の口は堅い、任せるに限る。

「コレ、女だよな?」

「まあな」

「彼女か?」

「違う」

「なんだ、彼女候補か」

 ニヤニヤするマスター

「おい」

「わかった、任せろ、彼女の好みから何から全部調べてやるよ」

「好みはいらないよ、その人物の家族構成、友人関係、最近の行動だけでいい」

「へいへい」

 マスターがカウンターを開くとケイの前にもモニターが起き上がる

「さてとどんなワクワクが出てくるかねー」

 ポキポキと指を鳴らすマスター

「ワクワクすんなよ」


 それから暫くして、マスターが出してくれた情報を端末で見つめケイは考え込んでいた。調べた限りクロエホタルは至って普通だった、出世地、学歴、ある程度の家族構成は分かった。

 母親は、ホタルが12歳の頃に病気で他界している、顔写真はやはり親子らしくホタルに面影が似ている、だが、父親の事が分からない。名前は”黒江了爾クロエリョウジ”、年齢47、現住所不明、職業は公務員とされているが、何の公務なのか不明、顔写真もない、それ以上なにも情報がない、追跡できないのだ。

「父親若いな……しかし、なんだよ不明って、天下のギルド情報部だろ?」

「こういうケースは初めてだな。ギルドで特に情報統制はされていない。国の総務局が絡んでいる可能性があるな」

「国の?、なんで?」

「俺の口からはなんとも言えねーな。まぁそこまで調べるとなると、かなりの時間とリスクを伴うがな?、どうする?」


リスクかと、ケイは思考する。

そこまで調べる必要性を今は感じていない。


「いや、やめとく」

「それが賢明だ、余計な事に首を突っ込むと碌な目に遭わねーからな」

「それって経験か?」

「まあな、経験がなきゃこんなとこで囲われちゃいねーからな」

ギルドに集まる者達は、何かしら過去に傷がある者が多い、マスターもその1人だとケイは知っている。


「オガミ屋、気おつけろ?、ギルドも怖ぇーが、国はもっと怖ぇーぞ?、あらゆる情報を消す事ができる、それこそ対象人物の存在そのものをな」

「心得てるよ」

 その辺りはケイも認識している。

「しかし何のためにそんな事を…(クロエホタルの行方不明事件も隠蔽されているのか?)」

 ケイはそう思わざるをえなかった。

「これ、ギルドが隠蔽してるって事はあるか?」

「可能性はゼロじゃないな、偽情報を載せてる可能性もある」

「……この事調べたのってひょっとしてマズいのかな?」

「かもな、ただ一応ルールがある。俺の管理者権限で覗く限り、この情報には隠蔽フラグは立てられてないし、機密扱いにもなっていない」

「そうか…」

だが不安は残る、今はまだクロエの事を周りに知られたくない。なぜか?と問われてもケイには今は答がない。

「安心しろ、オガミ屋の依頼で調べたって事は漏らさねーよ」

「ありがとうマスター、助かる」

「じゃ、ま一杯飲んでけ、な?」

「なんでだよ、やだよここの飲み物ボッタクリじゃないか、それにオレは未成年だぞ?」

「アルコールは抜いてやる、だから飲んでけよ、お前のためだし俺の”懐”も潤う」

 マスターはニヤリと笑う。

「…学生からふんだくるなよ」

 …


 ケイは情報センターを出て、先程マアノに指定されたギルドの地下修練場へと赴いた、そこは道場とジムが合わさった場所だった。 

 ケイは今回初めて来る。地下なのにかなり広い作りになっていた。

 この時間でも数名のギルド隊員がそれぞれ組手や基礎トレなどの訓練をしており、マアノは、その片隅で正座をし黙想していた。修練場で場違いなほどの見た目だけは可憐?な美少女がいるので、周りの者たちはチラチラと遠目で彼女を見ていた。


「話し終わったんですか、アネさん?」


「ああ、つまらない話だったよ、お前は終わったのか?」

 そう言って目を開けて立ち上がるマアノ

「はい」

「そうか、じゃあ始めよっか」

 ニコリと可愛らしく微笑むマアノ、それを見てごくりと生唾を飲み込むケイ、こういう時は大抵…


 機嫌が悪い


「あのー素手の組手ですかね?」

「はぁ?、それでお前が私の相手になるかよ、いつもの得物だしな」

「ですよねー」

 マアノがジャケットとニーハイを脱ぎ裸足になり、タンクトップとキュロットスカートだけの姿になると、一礼して畳敷きの演武場に上がる

 ケイはヤレヤレと肩を落とし右手を振ると、どこからともなく漆黒の木刀が手に収まった。

「前から聞こうと思ってたんだけどさ、それって一体どこから出してんの?」

「コイツですか?、この腕輪です」

 と言ってケイは木刀を右肩に乗せると右手首の青いリングを見せた、その中心のラインが緑色に光が動いている

「なんかリヨーシ転移なんとかかんとかって師匠が」

「なんだそりゃ?、仙術とかじゃないのか?」

「いえ、ハイテクらしいです」

「ふーん」


 周りの者達は何が始まるんだと見ている、美少女がストレッチを始めるのを見て、まさか戦うのか?、と奇異の目で見ている、その相手は、ギルドでも屈指の漆黒刀使い、オガミケイだと周りの連中は知っていた。

 対して、ケイの目の前にいる美少女は、ある事件をきっかけにギルドと敵対した挙句、旧ギルド本部をたった1人で壊滅に追いやった危険人物なのだが……誰も気づいてないんだろうなーと、ケイは周りを見回した。


「最初から全力できな、手加減なしな」

と宣うマアノ


「いや、手抜いたらこっちが死ぬし…」

 ボソリと呟くケイ、マアノは構もせずに、仁王立ちだ。

「ま、胸を借りるつもりで…胸?…」

 とケイは言いながら、タンクトップ姿のマアノの胸が視界に入った、小柄なわりに、意外と大きいと顔を赤らめる


「おい、クソガキ、なに見てる」

 マアノが鬼の形相で睨んでいる


「は、しまっ…」


一瞬のことだったマアノが消えたと思ったら低くい姿勢からの正拳突きがケイの鳩尾に炸裂した。


「うぼげっ!」


 ケイは腹を抱えヨロヨロと後退りし、両膝をついた。周囲がマアノのあまりのスピードに目を丸くしていた。


「ふざけんなテメェ、マジメにやれよ!」


「ふざけて…ないよ…きたねーっすよ、アネさん」

「何が?」

マアノはそう言って片眉を釣り上げる

「胸が…」

「胸?」

 自分の胸を見るマアノ、ちょっと顔を赤面させ、うずくまるケイの頭を拳で軽く殴る。

「いでっ」

「クソガキ」

 マアノはケイに背を向けた

「どうして男って奴は…いや愚問か」

 ぶつぶつと言いながらさっきの位置まで戻ってくると再びケイに向く

「仕切り直しだバカ野郎、準備は?」

「ふぅ、オッケーです」

 ケイは立ち上がると数回ジャンプし、右半身を引いて、左手を前に出し右手に握った漆黒刀の切っ先をマアノに向ける


「いきなりそれかよ…」


 とマアノはニヤッと笑う、今度はマアノも構える、右半身を引き左手の平を開き上に向け前に出し、右手の平も開き下に向け頬に当てる、ケイと似たような構えだ。

 深呼吸をするケイ


「真速、閃」

そう呟く


 一瞬きの踏み込み、漆黒刀の剣先が突き出され飛ぶ、常人ならまず避けられない、刹那の一撃


 マアノは突き込まれた来た漆黒刀に左腕絡ませるように捻り込み、クロスカウンターの掌打をケイの顔面へ、ケイはそれをかわし、持ち手を変え刀をマアノに対し水平にするとそのままマアノの左腕を巻き込み背負うような姿勢で投げようとする。

 マアノは足を踏み込み跳ね上がると体を捻り、ケイのホールドを強引に解きそのまま空中で回転して逆さの体勢で踵を彼のアゴに入れようとする、

 それを木刀の柄頭で受けたケイは、彼女の蹴りを弾くと体を回転させ肩からマアノに向かって踏み込み、下から切り上げた、

 しかし、マアノはその刀の上に右足を乗せ、それを利用して、更に後方回転し着地と同時に膝からケイに向かって飛ぶ、

 ケイも後ろに避ける様に飛ぶが、マアノは空中で更に加速し彼に肉薄した。

 マアノのありえない動きに、それを見ていた周囲の者達がざわつき始めた。ケイが刀を下げ、そこにマアノの連撃が襲いかかる、膝、肘、下段踏み込み、左手カチ上げ、正拳、アッパー、更に膝へと流れるように続く、その間、マアノは一切地に足をつけていない、文字通り飛んでいた。その一撃一撃が空気を震わせ、修練場内に激しい衝撃が伝わり、壁や訓練器具類がガタガタと音を立てている、ケイはそれらを漆黒刀で受け、捌くと更に辺りにすり抜けた衝撃が飛び回った。

 畳は跳ね上がり、引き裂け、壁には亀裂が入る。見ていた周囲の者達は慌てて逃げ出して伏せるが、巻き込まれて行く。ケイはマアノの連撃を凌ぎ、一瞬硬直するポイントで、左へ回り込むと、袈裟懸けに一刀を振るった、

刀が唸りを上げ畳が跳ね上がり、引き裂ける。だがマアノは僅かな動きでそれをかわし、回転しながら後ろ向きで右肘をケイの首につき入れる、しかし、ケイは視界に入ったものに気を取られ避けきれなかった、衝撃がケイの体を突き抜けた、グラつくケイ、そこでマアノは動きを止めた。


「おいお前、学校生活で鈍ったか?、寸止めしなきゃ頭吹っ飛んでたぞ」


 首を押さえ顔をしかめるケイ

「あいたた、毎日鍛錬してますよー…てっアネさんアレ…」

 ケイが指差した方を見るマアノ


「ん?」


「な、なにやってるんですか!、2人とも!!」


 カガリだった、入り口で青ざめた顔してこちらを見ていた。

 マアノは辺りを見回す、周囲には倒れている人、めくれ上がり引き裂けた畳、壁にはまるで爪痕のように抉れが入っていた。


「あーごめんやり過ぎた?」

 と、ペロっと舌を出すマアノ


「やり過ぎた?じゃないですよぉ!」

 カガリは入り口で一礼すると靴を脱ぎツカツカとマアノの下にやってくる


「張り替えたばかりなのにー」

「バカ、ケイ、謝れ」

 とマアノはケイを肘で小突いた

「はあ?、なんでオレだけ……」

「2人には弁償してもらいますからね!!」

 とカガリが怒鳴る

「なんでだよ!、貸してくれたのお前だろ!」と食ってかかるマアノ


「壊していいとは言ってません!」

 対してカガリは更に語気を強め、マアノに背の高さで威圧してきた、その圧力に身を引くマアノ


「…わ、わかったよ、カガリ、ごめん反省します…」

 首部を垂れしょんぼりするマアノを見てアワワと慌てるカガリ

「あ、いえ、あのですね…ん、んん」

と咳払いをすると

「反省してくれればよろしいです、以後気をつけてください」

と言う

「はい…」

 妙に素直なマアノに訝しむケイ、チラッと彼女を見ると、マアノは下を向いて笑っていた。

 …


 走るケイのバイク。

マアノがタンデムしていた。ヘルメットはギルド隊員用を無断拝借してきた代物だ。


「アネさんって、ひっでーなー」


「お前だって弁償を免れたんだ感謝しな」

「へーい」

「メスブタの道場より広くていい感じの場所だったんだけどなー」

「いやー壊しちまいましたね、今後は使用禁止だそうです」

「お前さ、もうちょっと考えて捌けよな」

「無茶言わんでくださいよ、そんな余裕ないっす」

「それより、お前本当に動きが鈍かったぞ、なんだよアレ」

「そっすかね?」

「そっすかね?、じゃねーよ」

 マアノはケイの腰に回していた腕で彼の腰を締め上げる

「あ、あぶないっすよ、それに、む、胸が背中に当たるんすけど…」


「ああ!?、お前はいい加減にしろ!!、マセガキ!!」


 マアノがヘルメットを被った頭でケイの後頭部にガンガンと頭突きを繰り返す

「事故る!、アネさん事故るって!!」

「ったく」

 マアノは少し体をケイから離した

 それから暫く無言でいたマアノだったが

「…ケイ、学校生活って楽しいか?」

「え?、はい楽しいですよ、カガリさんにも聞かれましたね」

「そうか…遊んでばかりいないでちゃんと勉強しろよ、それと鍛錬は怠るな」

「はいはい」

 マアノはヘルメットで軽くこずく

「はいは一回だクソガキ」

「へーい」


 つづく

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