補給艦・葉山千里

美空にとって現在の職業は生涯を捧げたいと言えるだろうか。千穂の紹介で桟橋に向かった。潮風が容赦なくスカートを揺らす。その先にタータンチェックのブレザーを着た少女が待っていた。背後に小学校校舎ほどの艦がたゆとっている。「葉山…千里さん?」

舷側の記章を読んだ。艦同士の挨拶は敵味方識別装置でなく目視が礼儀だ。

戦略創造軍帆座方面軍・補給艦葉山・千里は軽く会釈した。


「素敵な艦じゃない!」

もっと泥臭くて乱雑で殺伐とした雰囲気を予想していた。ところが輸送艦らしからぬ北欧調の温もりがある部屋に通された。とちゅうで荷捌き室らしき場所を横切ったがチリ一つ落ちていない。

「もともとはこういう方面の販売をしていたんです」

千里の前身は伐採林の産直家具売り場で従業員をしていた。木という木がとつぜん自我を持ち暴れだした。節足のような根で地面を這い枝が猛威をふるった。木こりが胸を貫かれ軍に通報したが能力者の派遣に三日もかかる。止む無くAAAED装置に千里を捧げる事になった。

女子高生アルバイトを犠牲にして村は全滅から免れたが彼らは戦艦を拒んだ。

「現金よね」

美空はふわっとした艦内を眺めた。木の良い香りがしてとても落ち着く。

「そうよ…」

千里はむすっとした。普通ならここで殊勝な建前でお茶を濁すところだが隠そうともしない。それは微妙にずれたウイッグから垣間見える剃り跡に現れてる。

「あら…まぁ…」

視線に気づき、千里は頭に手をやった。

「鬘…」

美空が言いにくそうに指摘すると千里も頷いた。「ええ、そうよ。カーボンナノケーブルで超人力を操るためですものね。私ひとりの恥ずかしめで、百万人都市の補給が整うですからお安いコストよねぇー」

と、やさぐれる。美空は相手の株を大幅にあげた。

「わたしだけじゃないだ…」

「そう思ってる子は他にもいるわ。いいえ、船乗りの女はみんなそうじゃないかしら」

そういって着席を薦めた。プリーツミニを揺らしてミニキッチンに向かう。その服装だって複雑な理由があって定められたものだ。今はまだいい。昔の魔女はミニスカートの代わりに重いローブを引きずらねばならなかった。


テーブルは一枚板のチーク材だ。本物は手触りが違う。プリントアウトでは出せない温もりがある。

千里はダイニングテーブルにマグカップとポットを置いた。アップルティーの酸っぱい香りがする。

「もしかして、そのお茶も?」

「そうだわ。美空さん。手作り。わたくしはね…こういう作り物ですから」

ちらっと裾をたくし上げて見せる。太腿の脇にサメの鰓のような放熱孔、そしてハンカチのような小鰭。背負った翼を広げて飛ぶ際の安定翼スタビライザーだ。美空も一組持っている。


「カッコイイです。そこまで割り切って前向きに生きていけるなんて!」

美里は惚れ惚れした。


いまの仕事は天職と思えるものだろうか。


千里は「動ない現実に本当にやりたいことがマッチングするまでひたすら試行錯誤を繰り返した。殆ど時の運。だからこそ、がむしゃらに働き成功した。一生懸命な人間であることに劣等感を感じる必要はない」という。


美空は思った。その本当にやりたいことが見つからなくて困っている。


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