私が不幸になるたび、お父さんに不幸と伝えてあげるわ

「私が不幸になるたび、お父さんに不幸と伝えてあげるわ、それに対するお母さんの反応も、よく分かるでしょう? それが自分の不幸も意味づけの元だよ」

作家は無言で頷いた。その時の彼は、もう、孤独だと言うことが分かっていた。

「あのね。お父さんはお父さんだから、自分が不幸になったら、お母さんがその分、助けるの、お母さんだって……」

少女は、作家の手を握らなかった。彼は、彼女の顔を見上げて、首を振る。


「もし私がのように、お母さんを不幸にするというのなら、あなたのお母さんは、私に優しくしてくれませんでした。でも……」

作家は、カーブミラーに映る顔を見て、目を伏せて答えた。「そうなりたくないと思う……」


◇ ◇ ◇

作家の妻は内縁で、男の子を身籠っていた。しかも、他人の血筋だ。


彼は、多重不倫それを知っていたが、本妻を悲しませないこと、自分があの人に嫌われるのは嫌だから、「黙っていてくれる?」と、内縁の妻は言った。

仕方なく従ったが、本妻あのひとの言う通り、自分もまた、子どもに愛情を注げる人間にならない、と悟った。


あの人の夫が平然とふるまい、子供たちと一緒にいることを、彼女は不思議がり、エコー写真を見せなかったのだが、それでもその後、彼女は、本当に心から子どもを心配し、作家に付いてきた。

「……あの男は、自分が一番大事だと思っているから……」


あの人と夫は、娘の誕生日を祝い、

作家と彼女は、同じ店で妊娠を喜んだ。

それなのに煮え切らない態度でこういうのだ。

「息子からお母さんが奪われていったら、あの人、また泣くからーー」

作家の席に手つかずのケーキが残った。


しかし、彼女はあの人の夫が心から息子を愛していないと知ると、二人はまた別れる。



「あの人も夫も、自分以外は、どうなっても、いいと思ってる」

そういうと潤んだ瞳で作家を見つめた。そして署名する手が停まる。

「私がおなかがいてからにしてほしいんだから……」


そういうと、作家もうなづいた。

「あの人が嫌うのなら……」

しかし、本当は彼女が自分のことが嫌いなのかもしれないと思ったが、黙っておくことにした。


季節がめぐり、またあの店で娘の誕生日を迎えた。

作家は、父親の姿から、本当に娘を愛しているのかと、思ってしまった。

しかし、彼の息子も娘と同じで、自分の幸せのためなら、愛を貫くし、自分の命が奪われても、彼に愛を向けるだろう。

「おと…おとっちゃん…こぇ…」

一歳になる長男はたどたどしくゼリーを先割れスプーンで切り分けてくれる。

言葉が出ない。

彼は、お母さんを守るため、娘のためには、母親の幸せを守ることが出来ただろうか?


彼は、このような悩みを持つ人に、この本が役立てばと思って書いた。しかし、彼は、それを自分のために読み聞かせる方法を知らなかったため、結局、悩みを解決することは出来なかった。

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