家庭用ヒトゴミ

佐々井 サイジ

家庭用ヒトゴミ

 女は、つつけば爆発しそうなほどゴミの詰まった袋を夫に差し出して、ゴミステーションに捨てに行ってほしいと頼んだ。ソファーの背もたれから頭だけを覗かせた夫は眉間に皺を寄せていたが渋々承知し、サンダルを履いてはす向かいの家の角に設置してある、ゴミステーションに向かった。


 女は夫にバレないように静かにドアを閉め、後を追った。夜は深いがご近所の玄関灯の影響で夜道にしては明るかった。夫がゴミステーションの扉を開けたとき、女は一気に接近し、夫の背中を押して扉を閉じた。ゴミステーションはゴミの臭いが漏れないようにしているのか、網目ではなく、見た目は家庭用倉庫に近かった。

 夫が怒気を孕んだ声で怒鳴りながら扉を叩いている。「どういうつもりだ」


 明日は月に一度のヒトゴミの回収日だった。妻のストレス源になる夫、不倫妻、部屋を荒らす子どもなどのヒトが専門の業者によって家庭用ヒトゴミとして引き取られる。

 女の夫は家事育児において表面的には協力的に見えるものの、夜泣きに気づかないふりをしたり、オムツ替えのときにトイレに籠ったりと面倒な作業をうまくサボっていた。ママ友に言うと「それくらい我慢しなさいよ」と倦厭されそうになるので相談できなかった。実の母に言ったときは「あんたのお父さんなんて家事育児何にもしなかったんだから、だいぶん協力的じゃない。少しくらい我慢しなさい」とやはり話す意味がなかった。

 

ヒトゴミ処理業者に相談すると、引き取ってもらえるそうなので、夫をゴミに出すことにした。

「俺が悪かったからゴミに出さないでくれ」

 いつの間にか夫は泣きべそをかいていたが、穴の開いている位置が壁の上の方なので、どんな顔をしているかわからない。興味もない。


 ただ少しだけ申し訳ない気持ちになったが、明日の十時ころに新しい夫が来ることを思い出し、それを伝えて、ゴミステーションから離れた。新しい夫はヒト専門リサイクルショップで見つけた。料理や掃除が上手く、子どもが好き。なぜゴミに出されたかというと妻と喧嘩した勢いでゴミに出されたらしい。こんなヒトをゴミに出すとは。一時的な感情の高まりで会ったとしてももったいない。今頃後悔しているのではないかと思う。

 家のドアを開けながら女は夫と過ごした日々を思い返した。結婚する前、夫のことは好きでたまらなかった。お金が無くても夫とずっと一緒にいたいと思っていた。しかし、小さな不満を重なった今、いつのまにかその気持ちはどこにも見当たらない。もう一度夫とやり直すことも考えたこともあるが、やはり気持ちは新しく迎え入れる別の夫を向いていた。


 ゴミに出した夫は殺処分するかリサイクルするか分別される。外面が良く社交的な長所があるから殺処分されることはないだろう。だから女も罪悪感をさほど抱かずに捨てることができ、新しい夫を迎え入れることができた。リサイクルされたら、夫には違うパートナーや人生を歩んでほしい。


 家のドアを開けるとき、お隣の人が家の前を通り、挨拶を交わした。お隣の人は半年前にリサイクルされてやってきた人だった。お隣の人は荷台を引いていて、そこには手足を縛られた女の人が蠢いている。女がこの団地に引っ越したとき、一番最初に挨拶した人だった。今度は妻がヒトゴミに出されるのか。私もいつか新しい夫に捨てられるのかもしれない。相性が良くない限り、この世は捨てて捨てられる連続だと思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家庭用ヒトゴミ 佐々井 サイジ @sasaisaiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ