言霊の庭の秋は物寂し

カタ、は…ついた。そして第三の作用素は隠滅の力を暴走運転スタンピードし限界まで力を出し切った。

整理整頓を恋する想いは自身を媒介者として対象を渇望し余剰次元の省略部分を一気にかけあがった。

そしてグランベリーの庭という抽象概念から不連続な時空へ放射された。

理論物理学的に言う「発散」という現象である。

言霊の発散は暇な女の筆を突き動かした。


去る者は追わず来る者は拒まず(孟子)

「はぁ…」

彼女は注文票にペン書きしては吐息を繰り返していた。

喩えるなら閑静な住宅街の古民家カフェ。行列店でもなく敢えて宣伝もしない隠れ家的な場所。


棚にレコードジャケットが並んでいて落ち着いた雰囲気の曲をかけてもらう。

スタバやコメダほどじゃないけど、ほどほどな珈琲を一杯。

濡れそぼる窓ガラスをぼーっと眺めたりまどろんだり考え事をしたりノートパソコンやスマホじゃなく文庫本を開く。

ときどき店員や他の客が本の表紙を見て絡んでくる。そして話が盛り上がる。

そんなたたずまいはいけませんか、と彼女は自問自答する。

心無い陰口を伝え聞き、風に向かって反論してみた。


別に気取っているわけじゃなく、名店街を見下しているわけでもなく、それどころか店長はファーストフード店に通ったり食べログで予約したりする。

もちろん客に怒鳴ったり、「お前の舌が鈍感なのが悪い」と叱ったりすることも無い。

「うちの店が流行らないのはチェーン店が悪いんだ。潰れちまえ」と居酒屋でグダを撒くことも無い。

「どうしたら流行るんでしょうかねえ?」とコンサルタントに泣きつくわけでもない。

ただ、静かに営業させて欲しい。

そんな営業スタイル、ダメですか。



店は営業許可を取る際にランキングシステムの加入が強制されてます。

上位を「ああ、そんな制度もあったね」と横目に見ながらマイペースで店に立つ。

そんなマスターはいけませんか。


「日に何人の客商売じゃ営業する意味がない」

「飲食店なら美味を提供する矜持を持て」

「来て欲しいなら客寄せする努力をしろ」

「流行らない店はダメな店だ」

「美味しくなきゃ飲食店じゃないよね」


ときどき、風に吹かれてそういう声や客が来る。

「はぁ…そうですか。どうぞ…」とPVという名の銘柄を出す。

お客は無言で帰っていく。たまに厳しい食レポをされる。


そういうスタンス、許しがたいですか。


近隣では今日もこんな呼びかけがされてます。

「さぁ!三ツ星レストラン目指しましょう。ノウハウ教えます!」


まぁ、そういう生き方もあるよね…と植木に水をやります。


「あそこ客が一人も来ないんだって。感じ悪いよね」

「何かね、店長もお経みたいなの唱えてる。ソータイなんとか論が…って。肝っ」

「うん気持ち悪い。わけがわからないよ。迷惑だよね」


そんなのいわれたら落ち込みます。


一応、「ここがわからない」って感想を頂いたら

初心者向けメニューや解説講座のオプションも用意します。

でも甘口のカレーを出せとか歌謡曲やボーカル曲をかけろと言われたらちょっと…。

「そんなの私有地でやれ。柵で囲った土地のど真ん中でやれ。砂漠に店を出せ。無人島で勝手に営業してろ。ここはモノカキの土地だぞ。嫌なら出ていけ!」

と、言われるかもしれません。

勘弁してください。モノカキの借地契約書にもモノカキ市の条例にも「マニアックな店は禁止」とは書いてありません。

マニアックなお店はダメですか。


「ああ、だめだわ。なんて不甲斐ないんだろう、わたし」

彼女は書類にサインできないまま提出期限日の午後を過ごした。

モノカキ市長名義で閉店要請と近隣住民の署名が集まっている。

書面に同意すれば市の全額負担で店を畳むことができる。

無言で強烈な淘汰圧が彼女をキリキリと苛んでいるのだ。

「出て行ってくれと直にいってくれればいいのに」

手書きの意見書には遠回しに店の存在そのものを排除したい同調圧力が籠っていた。去る者は追わず来る者は拒まず(孟子)の通じない世界に長居は無用だ。

「わたしの多様性ってば、予約されてないんだ」

彼女は厨房に立つと肉切り包丁を取り出した。

「わかったわ。いいよもう。いままで居させてくれてありがとう」

刃先を頸動脈に押し当てた。

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