第2話
近づけばそれは、粗末な小屋であった。
——罠ではないか?——
そんな疑問が頭をよぎる。
部隊が総崩れとなって以降、俺は何度も何度も、繰り返ししつこく狙われた。
だからそれは当然の疑問。
襲撃されるたびに供は減り、ついには俺ひとりだけ。
本当の意味で、自分の身は自分で守るしかない今の状況だ。
枯葉の一枚さえも踏まぬよう、油断なく足を運ぶ。
遠巻きに小屋の周囲を巡りつつ気配を伺い、怪しい影のないことを十分に確認。
直接入り口へ向かうことはせず、慎重に慎重を重ね、壁に張り付き中の様子を探るべく、俺は聞き耳を立てた……
……本来ならそうするべきであった。
そう、本来ならそうするべきだろう。
だが、もうどうでもいい。
そんなことをやる余力など、今の俺にあるはずもなかった。
そしてこの建物だ、なんと粗末な建物であることか。
住まう主人を失って、もう久しいのだろう。
小屋から突き出たデッキの部分など、雨風に晒されたせいだろう、痛みが激しく一部が朽ちて穴を開けていた。
転落防止の手すりは波打ち、場所によっては倒れている有り様。
少し離れたところの、おそらく倉庫であったと思われる建物など、ひしゃげて地べたに屋根がくっついているような始末。
いちいち警戒する必要などないと思える、ひどい荒れようだった。
心身共にまともな状態なら、こんな気味の悪い幽霊屋敷を思わせるボロ屋になど、踏み込む奴はいない。
だが、果たして今の俺はまともと言えるだろうか?
むしろ今の俺にはよく似合う。
ボロボロでも、夜露や雨がしのげればいい。
形だけの壁でも、まるで死んだ者たちの恨み言のように聞こえる夜風を防いでくれるなら、それで十分。
もう、それだけでいい。
自分のまわりすべてが解放された野天で、安らぎを得ることなどできない。
まるで落ち着かないのだ。
不吉に聞こえる鳥や獣の鳴き声、吹きすさぶ風の音は俺を責め立て、落下した果実が地面にぶつかり落ちてぼとりと潰れる鈍い響きは、刎ねられて落ちた腹心の首を思い出させた。
いつ誰が襲ってくるとも知れぬ、追手の影に怯える日々。
身体がどれほど疲れ、眠りを求めて止まずとも、神経が張り詰めたままでは決して安らぐことはない。
疲れは積み重なり、溜まり続け、心地よい目覚めなど決して訪れはしないのだ。
そんなこんながもう、全部うんざりだった。
ボロ屋であろうとも、屋根があって壁もあるなら、獣や不吉な黒い鳥に悩まされずに済む。
さすがに食い物はないと思うが、それでも十分すぎる。
投げやりになった俺は、とにかく中へと入ることに決めた。
年月を経て、たわんでしまったと思われるドアは、ひどく渋い。
上下に何度も上げ下げを繰り返してやらないと開いてくれなかった。
デッキが朽ちているくらいだ、もうすでに小屋全体が歪みはじめているのだろう。
俺の立ち入りを拒むようなドアをやっとこじ開け、中へと踏み入る。
後ろ手にドアを閉めようとするが、開けるときと同様に軋み、完全には閉まらなくなってしまった。
そんな些細なことは、どうでもいい。
適当に閉まるだけ扉を引き、それで良しとする。
家探しすることもせず、部屋の真ん中まで進むと、そのまま崩れるように倒れ込んだ。
俺はそこで、意識を失った。
「ん、まぶしい、クソッ」
白い何かが、俺の目を穿つ。
顔をしかめながらわずかに片目を開けると、まぶしい光が目を刺した。
たまらずに顔を背け、まぶたを固く閉じた。
暴力的な眩しさが薄れると、少しずつ目を開けていく。
そこには、ほこりとも吹き込んだ土とも判然としないようなものが、床一面に積もっていた。
寝返りを打った跡だろう、俺の近くの床だけ、それがこすりとられた跡がある。
——そうか、昨日は倒れ込んでそのまま……——
視線を上げると、差し込む光の中でキラキラしたものが舞い踊っている。
手を伸ばすとそれは、逃げるように方々へと散った。
屋根を抜ける光の角度からすると、どうやらもう昼近い。
ずっと碌に眠れなかったのだ、寝坊も仕方がない。
それだけ疲れていたということだろう。
身体を起こし、右手で左の肩のうしろを揉む。
寝過ぎたせいか、傷んだ荷車の車輪のように、肩や背中が軋んでゴリゴリと音を鳴らした。
「……腹が、減ったな」
だんだんと目が覚めるにつれ、空腹が気になりだす。
外へ出て、食べられるものを探すことにした。
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