REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

1976

第1話

 グーっと腹が鳴る。

 最後に満足に食べたのは、いつのことだったろうか?

 そう遠くない日だったはずだが、すでにもう遥か遠い過去のようにも思えてくる。

 いずれにせよ、はっきりしているのは最近はまともに食っていない、ということだった。


 頭上で大きな黒い怪鳥が、クェーッ、クェーッと薄気味悪い声で叫ぶ。

 もうずっと俺の歩くに合わせ、まるで監視するかのように、俺を見下ろせる高い木の枝から枝へと飛び移っている。

 いちいち上を見てその姿を確認するまでもなく、忌まわしい羽ばたきの音が、俺の背中越しにそれを伝えてきていた。

「フン、昔ならともかく、今の俺は美味くないぞ」

 上を見るのも億劫で、地面に向かって吐き捨てた。

 空腹に苦しむ俺が、なんの皮肉か、怪鳥の空腹を満たしてやる。

 その時が来るのも、そう遠くはなさそうだった。


 いったい、ここはどこだろうか?

 モンテルレイという国の領内だということはわかる。

 だが、詳細な場所はわからない。

 もっともそれがわかったところで、どうなるというのだろうか?

 まさか俺が、街や村に助けを求め、顔を出すわけにもいかない。

 他国に攻め込んだはずの人間が、敵国の人々に救いを求める……

 そんなおかしなこと、笑い話でも聞いたことがない。


 わかっていることはただ一つ。

 俺はもはや用済みの存在。

 処分された。

 それだけだ。


 一年前、いや、わずか半年前ですら、俺はこんな現状を予想したことはなかった。

『失うときは一瞬』

 王宮の書庫の本には、そう記された教訓本があった。

 ある村の祭りでは、驕った若い恋人たちが、幸福の頂点から悲劇のどん底へと転落するさまが演じられていた。

 かつての英雄が失脚したり、暴君のように豹変するという教訓話も、散々聞かされた。

 子供を寝つけるためのおとぎ話にだって、そんな類いの話はありふれている。

 だが……、こういうありがたい話には、大きな落とし穴がある。

 そうだ、誰もが思いはしない。

 まさかそれが我が身に降りかかるとは、決して思わない。

 そうなってはじめて、己自身の痛みと共に、『あれはそういうことだったのか』と実感するのだ。

 すべては手遅れになって知る。

 間違いない。

 そしてその根拠は、悲しいことにこの俺だった。


 敗戦の混乱の中、共に逃げたはずの配下の者たちも、すでに誰ひとりとして残っていない。

 ある者は俺を守るため盾になり、その命を投げ出した。

 ある者は食料を探しに行くと言い残し、二度と戻らなかった。

 事ここに至り、自分がいかに無力であるかがよくわかる。

 俺のまわりに多くの者たちが仕えていたのは、ただその地位ゆえのこと。

 華美な装飾品も、豪勢な食事も、大きな屋敷に使用人、千里をかけるという名馬、精強と称えられた軍……

 どれもこれもが、今となっては夢のような幻だ。

 そう思い至り、どうしようもない責め苦の中で、「せめて夜の夢に逃げ込みたい」とそう願っても、心地よく眠るためのわずかな庇でさえ、いまの自分にはない。

 何も無い。

 ……いや、失念していた。

 わずかだが、自分にもいくつか持っているモノがあった。

 空腹の飢餓感。

 痛む身体。

 ボロボロになった服。

 度重なる激闘によって、宝石細工の剥がれた剣。

 役に立たない過去の名誉。

 持て余すほどの贅沢をしたかつての思い出。

 話し相手のない孤独感……

 そうだ。

 どれもこれも、俺を痛めつけ、苦しめるものばかり。

 生きているから、そう感じる。

 そう感じるから、生きているとわかる。

——だがもう十分だ。そろそろ、終わりでもいい——


『終わりにする』

 そればかりが俺の頭の中を巡っていた。


——もう十分だ。そろそろ、終わりでもいい——


 そうしてそれが、何周も何十周もする。

 すると最後には、決まってこう思うのだ。


——ここで終わってしまったら……——

 俺の後ろを付け狙う怪鳥は喜ぶだろう。

 しかしだ、下り坂を転げる俺を見捨てずにいてくれた、そんな者たちの想いはどうなる?


 迷いこそすれど終わりを選べない自分には、無様でも身体を引きずるようにしてでも、宛てなど無いがどこか先へと、ただただ足を進めるしかない。

 元の地位になど、決して戻れないことがわかっているとしても……

 生きることも死ぬことも選べず、ただただ生きながらえている。 

 そんな俺であったが、ふと見上げた視界の先に、ささやかな希望を見つけた。

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