第2話 当主との邂逅と、無邪気な贈り物

琴音ことねさま、どちらへ?」


 目の前に突然現れた男に驚きもせず、さくの一族の当主は微笑みながら答えた。


「ちょっと、カムドまでね」

れいくんは依頼で出掛けています。おひとりで行かれるのですか?」

「そのつもりだよ」

「……琴音さまでしたら心配はいらないと思いますが、親方にも告げられずに出掛けられますと、親方の面目がないかと。自分がお供させて頂いてもよろしいですか?」


 警備担当の後継者候補、柊耶とうやの、控えめな口調ながら引く気は全くない様子に、琴音は苦笑を浮かべる。


「分かったよ、柊耶。電車で行くつもりだったが、それなら柊耶の運転で連れて行ってもらおうかね」

「了解いたしました。すぐに車を回して参ります」


 無表情で常に気配と本心を抑えようとする孫の相棒を、琴音は黙って見送る。

 本当に一人で出掛けるつもりではなかった。曾孫の巫女が起きしなに呟いていたためだ。


「婆様、今日は柊耶さんと出掛けるの? あきらも行きたいなぁ」


 そんな予定はしていなかったので、琴音は巫女が先見の夢を見たのだろうと気付く。


「そうか、だったら一緒に行くかい?」

「……でも今日はナーガと行かなくちゃ。婆様、帰ったら柊耶さんはもう少しよ、楽しみだね」


 先見の予言であれば、と、琴音は柊耶の目だけに止まるように動き出す。

 思惑通りの柊耶の申し出に、何となく苦笑しながら車に乗り込んだ。




 目的の家のすぐ傍まで来ると、門柱の影から二人の少年が走り出て来た。

 ゆっくりと車を走らせる柊耶は、五・六歳くらいのその二人に思わず視線を二度、投げ掛ける。

 その僅かな動きを朔の当主は見逃さない。


「柊耶、あの子たちが何か気になるのかい?」

「……いえ、特には」

「私には正直に言うようにと、言っておいたはずだがね」


 琴音の言葉に、柊耶は小さく息を吐く。

 自分の異質な能力を隠そうとする癖はなかなか直らないらしい。


「……失礼いたしました。琴音さま、あの子供、大きな白い獣を身の内に抱えているようです」

「ああ――あの子が白虎の主のようだね。他には何が視えた?」


 とうにミラーの範囲からも消えた少年の姿を思い出しつつ、柊耶はゆっくりと車を停車させる。


「自分にはません。でも、大きな力の気配を感じました」

「黎やあきらと比べると?」

「……おそらくは、同等かと」

「なるほど」


 琴音は面白そうに笑うと、柊耶がドアを開けるのを待たずに車から降り立った。


「柊耶、あの子たちが向かった先に良くない気配がある。お前はあの子たちを追い掛けてくれるかい?」

「はい」


 静かに走り出す車を見送り、琴音は上代家の玄関へと向かう。


 近隣の駐車場に車を停め、柊耶は空気の匂いを確かめるように顔を上げた。

 気配を確認するとその場から近くの壁、そして屋根へと飛び移り、風のように去って行った。




「お待ちしておりました。上代織羽おとはと申します」

「ご無理を申し上げまして、お詫びいたします。お時間を頂きました事に感謝申し上げます」

「琴音さま、よろしければ気楽にお話し頂けると嬉しゅうございます」

「そうですか、では織羽さまもそのようにお願いできますか?」


 お互いにふと笑い合い、琴音は大きく息を吐いた。


「孫たちにはきちんとした言葉を使うようにと口うるさく言っているんですがね、私自身は指示を出すこと、人ではないモノを威圧することがほとんどなもので、気楽にと言っていただけると嬉しいんですよ」


 案内された居間には誰もおらず、琴音はさっき柊耶がそっと追って行った白虎の主の家族は、仕事に行っているのだろうと思った。

 織羽が迷いもせずに珈琲の入ったカップを目の前に置く。

 こんな場合、高齢の自分に差し出されるのは緑茶であることが恒であったため、琴音は思わず織羽を見た。


「琴音さまは珈琲がお好みであると、声が聴こえましたので」


 目の前の交信者チャネラーに笑顔を見せ、軽く頭を下げてカップを手に取った。

 この家に入る際、はっきりと結界の存在を感じていた。

 まだ小学生にもなっていない幼い白虎の主が組み上げたであろうその結界は、琴音が考えていた以上に緻密に組み上げられていた。


(これほどとはね……あの幼さで黎に匹敵する結界を張るか)


 琴音の視線の動きで気付いたのか、織羽が唐突に話しだした。


「琴音さまの所に居られる巫女様が見つけられたという、うちの孫ですが、誰が教えたわけでもないのにこの家を護る障壁を作ったようです」


 ゆっくりと壁の天井付近を見回し、織羽は琴音に視線を戻す。


「我が家に霊視などの力を持った者はもう何百年もの間、皆無です。だから誰も采希さいきに教えることも、適切な修行をさせることも出来ない。次第に強くなっていく力に、正直なところ不安が抑えられません」


 織羽は静かに目を伏せ、自分のカップを持ち上げる。

 先刻すれ違った少年は、琴音の眼から見ても強大な力が溢れていた。しかも、その力と身体が釣り合っていないように思えた。


「お孫さんは二人とも、霊能力を具えているようにお見受けしましたが……」

「そうですね、その能力に多少の違いはあるようですが」

「違いとは?」

「はい。弟の那岐なぎは霊視と除霊ですが、兄の采希はそれに加えて精神感応や念動なども可能なようで。先日は何もない所から火を生み出していました」


 その言葉に琴音は僅かに首を傾げる。

 伝承されている初代当主の力に最も近いとされている、宮守家の次代当主・黎と同じように、霊能力とサイキック能力の両方を持っているという事か、と眉を顰める。

 このまま放置しておけば、いつか制御できなくなりそうな、そんな危うい予感がしていた。


 まだ成人前だった頃の孫、黎のように。



 * * * * * *



 柊耶の視線の先で二人の少年がボールを蹴り合っている。

 昼下がりの、少し広めの公園だった。

 柊耶はゆっくりと視線を巡らせる。

 公園を外縁から取り巻くように、何かの気配が近付いて来ていた。

 柊耶にもそれは認識されたが、柊耶の眼には何も捉えることは出来なかった。


(何か、いるな。良くないもの。あの子たちを狙っている?)


 ふと少年のうちの一人が逸れたボールを追って公園の灌木に近付く。そこに居た気配が一層濃くなり、柊耶の身体は自然に動き出していた。

 灌木の中に潜んでいた気配は一瞬で少年を包み込み、駆け寄った柊耶の腕を阻んだ。


(間に合わなかった! ――何だ、これ? 視えない壁みたいな……)


 慌てたようにもう一人の少年が駆け寄ってくる。


「那岐! どうしたの?」


 壁の中の少年が駆け寄った少年に手を伸ばす。

 その手は視えない障壁に阻まれ、何者かに包み込まれた少年の驚愕に見開かれた眼から涙が溢れた。


『兄ちゃん! 出れないよ、兄ちゃん……ぼく、こわいよ』

「那岐、待ってて。今助けるから」


 兄である少年が何かを確認するように、視えない障壁に両手を当て、眼を閉じる。

 その背後からもう一つの気配が忍び寄っていた。

 それは弟を包み込んだ気配より更に凶悪で、柊耶の脳裏には鼻面が長く、鋭い牙の並んだ獣が少年を捕食しようと涎を垂らしているような嫌悪感が感じられた。

 思わず兄の方の少年の身体を引き寄せた。


「――え? お兄さん、誰?」


 少年の声には応えず、柊耶は背後から来た気配を睨みつける。

 その視線に気付いた少年は後ろを振り返り、思わず声を上げた。


(この子を捕らえるために、弟の方を囮にしたのか)


 凶悪な気配は何か喚き立てているようだが、柊耶にその声は届かない。

 じっと睨みつける柊耶の、身体の周囲の気配がぐにゃりと歪む。

 この子たちは失わせてはいけない、そんな想いが柊耶の中で膨れ上がった。


(この子の気配、黎くんと同じだ。白い――白虎とやらの他にも何か大きな力の気配がする)


 凶悪な気配は、何故か柊耶から一定の距離を保ったまま動かない。

 それでも絶え間なくがなり立てる不快な音に、柊耶は眉を顰めた。


「お兄さん」


 腕の中の少年が柊耶を見上げる。


「あいつ、ちょっと危ないよ。ここから逃げた方がいいと思う」

「……君と、君の弟は?」

「僕が何とか助けるよ。お兄さんは逃げて」


 少し眼を見開いた柊耶は、少年に笑ってみせる。


「僕だけが逃げる訳には、いかないねぇ」

「でも……」

「それに、こういう食い意地の張った邪悪な気配、僕は嫌いなんだ」


 こちらの声が聴こえたかのように、凶悪な気配から何かが放たれたのが柊耶には分かった。

 思わず右手を身体の前に翳すと、その手の中に、凶悪な気配から放たれた力が吸い込まれていく。

 相棒である黎から告げられていた攻撃を吸収する力。その力を初めて柊耶は意図的に稼働させた。

 腕の中の少年と、まだ不可視の障壁に阻まれている少年が、同時に声を上げた。


「……吸収、した?」

『すごい、きえちゃった……』


 このままじわじわと相手の力を吸収しても、埒が明かない。

 柊耶は腕の中に抱えていた少年からそっと手を離し、自分の背後に庇うように立つ。

 柊耶の身体から発された気に、少年の身体が強張った。

 柊耶は全身に気を纏ったまま地面を蹴ると、捕食者の気配の方へと飛び出した。




 弟である少年の身体を捕らえている障壁に手を当て、柊耶は耳を澄ます。


(黎くん、これで伝わる?)

《ああ、問題ない。――柊耶、それは霊道の一部だな》

(霊道? 霊道って動くものなの?)

《動かせるぞ。ちょっと待ってろ》


 指示通りに手を当てたままじっと待っていると、ふいに抵抗がなくなった。

 障壁が消えたのを確認した少年が弟に駆け寄る。


「那岐、よかった」

「兄ちゃん、こわかったよぉ」


 弟の身体をしっかりと抱きしめた少年が、柊耶を振り返る。


「あの、ありがとうございました。僕にはお兄さんが何をしたのか分かんなかったけど、風がざわざわして、お兄さんの力にびっくりしたみたいでした。どんな力であいつを消したんですか?」


 少年の問いに柊耶は困ったように苦笑する。


「あー、僕にもよく分からないんだ。ひとまず、うちに帰った方がいいんじゃないかな?」

「うん……あ、そうだ。お婆ちゃんに聞かれるかもしれないから、お兄さんの事も言ってもいいですか?」

「僕のこと?」

「はい。僕のお婆ちゃんは、いつも僕たちのしてる事がわかってるみたいなんだ。だから今日のこともバレてると思う」


 なるほど、と柊耶は得心した。

 朔の一族と呼ばれる霊能力者集団を率いる当主が、わざわざ時間を割いて訪問するほどの能力の持ち主だ。その位、把握するのはお手の物だろう、と思った。

 唐突に、柊耶の手の中に小さな手が滑り込んできた。

 手元に視線を落とすと、さっきまで泣いていた弟がにっこりと笑って柊耶の手を掴んでいる。


「おじちゃん、ありがと」


 驚いて固まる柊耶を見上げた少年は、確か、那岐と呼ばれていた。

 干支を二周する前に「おじちゃん」と言われたことに苦笑していると、もう一人が慌てたように頭を下げた。


「すみません、お兄さん。那岐はちょっと……えっと……特に発達が遅れているとかじゃなく、頭の中ではきちんと分かっているのに、うまく話せないんです」


 必死に詫びる少年に、柊耶は『ああ、なるほど』と呟いた。

 黎や巫女と同じように、この少年も感応とやらが使えるのだろう、と思った。


「気にしていないよ。きっと那岐くんは、色んなことが頭の中に溢れていて、選べないんだね」

「……お兄さん、どうして分かるの?」

「僕も小さい頃、そうだったから」


 そう言いながら、柊耶は自分が自然な笑みを浮かべていることに驚いた。


 幼い頃から自分の気配を消すようにして生きて来た。

 それはやっと出会えた友と過ごすようになってからも変わらなかった。

 あまり笑わない自分を、友人たちも上司も黙って見逃してくれていた。

 だけど、今、自分はごく自然に笑顔になった。


(この子たちは――)


 柊耶はしゃがみ込んで、那岐の目線に合わせる。

 自分に対して何の気負いもなく、真っすぐに向けられた笑顔。

 それは、初めて会った時の黎を思い出させた。

 自分でも異質だと感じていた、自分の気配。なのに、眼の前の少年の前では、全く異質には感じられなかった。

 少年の気と自分の気が、反発する気配もない。


(あきらちゃんや黎くんでも、僕の気は時々弾かれるのに)


 疑問に思いながらも、柊耶はポケットから取り出したハンカチで那岐の目元を拭う。

 何がおかしいのか、嬉しそうに笑う那岐を見て、柊耶も声を出して笑った。


(何だろう……楽しい、嬉しい?)


 ゆっくり立ち上がると、柊耶はもう一人の少年に手を差し出した。


「さあ、帰ろう。近くまで送っていくよ」


 少し戸惑った顔で柊耶を見上げた少年は、おそるおそる柊耶の手を握る。

 その手に触れ、柊耶には少年が柊耶に対して遠慮しているような気配が伝わってきた。

 それは怯えではなく、純粋に『自分も手を繋いでいいの?』という遠慮だった。

 兄らしく振る舞おうという想いが伝わってくる。


「……君は、お兄ちゃんだから那岐くんを護ろう、って思ってるんだね」

「……あの……だって僕は那岐のお兄ちゃんだし……」


 兄弟のいない柊耶にもその気持ちはよく分かった。

 自分にも、どうしても護りたい相手がいる。


「お兄ちゃんだからか、そうだねぇ。でもさ、那岐くんの力は君がずっと保護しなくちゃならない程には弱くないと思うよ」

「そう、なんですか?」

「うん、僕にはそう感じるよ。君の力は凄いけど、那岐くんも負けてはいない。護ることと那岐くんに何もさせず、抑え付けることは違うからね」


 就学前の少年には難しかったか、と思いつつ、柊耶は眼を輝かせる少年に気付いて眼を見開いた。

 まるで眼から鱗が落ちたような笑顔に、却って戸惑ってしまう。


「お兄さんにも、分かるんだね! そうなんだ、那岐の力はすごいんだよ!」


 嬉しそうに話す少年の声を聞きながら、柊耶は少年の身体から暖かい気配が拡がるのを見た。

 それは相棒の黎が、時折発する気配によく似ていた。




「お兄さん、送ってくれてありがとう!」


 そう言って家に駆け込んだ少年たちを見送り、柊耶はゆっくりと駐車場に向かう。

 歩きながら、兄の方の少年から名前を聞きそびれた事に気付く。


《柊耶、大丈夫だったか?》

「黎くん、こっちはもう大丈夫。さっきはありがとう」

《――で、白虎の主はどんな子供だった?》


 柊耶は困って黙り込む。

 そういえば、あの子たちは自分から視線を逸らすことがなかった、と思い付いた。

 今はそうではないが、バンド仲間ですら、初めて自分と眼が合った時には戸惑うような色を浮かべていた。

 初めから真っすぐに自分の眼を見返して来た少年たち。


(そうか、だから僕は嬉しかったんだ)


 柊耶は思わず笑みを浮かべる。

 黙り込んだ柊耶を怪訝に思った黎から声が掛かる。


《柊耶?》

「黎くん、僕はあの子たちと友達になりたい」

《…………は?》

「いつかまた、会えるかな。すごく楽しみだ」


 呆れたような黎の溜息を聞きながら、柊耶は車のエンジンを始動させた。



 * * * * * *



「柊耶、あの子たちを助けてくれたようだね」

「……いえ、僕の方が救われたように感じています」

「救われた? どういう意味だい?」


 柊耶は微かに唸り、首を傾げた。

 那岐と呼ばれていた少年の、どこか懐かしいその気配。

 そして、その兄の、自分の相棒と良く似た気配。

 それらに触れた嬉しさを、どう言葉にしたらいいのか分からなかった。


「あの子たちは、僕をまっすぐに見てくれて……」

「ああ、あの子たちは柊耶の眼に怯えなかったんだね」


 琴音は嬉しそうに微笑む。

 柊耶が自分の異質な気配を嫌悪しているのは、黎から聞いていた。

 その気配の本質が理解できれば怯える事もないのだが、それが見極められる者は少ない。

 幼いながらも強大な四神の加護を持つ子供には、伝わったのだろうと納得した。

 同時に、柊耶によく似た気を持った弟にもその本質は感じられたのだろう。

 不遇な環境で育った柊耶が、これまでにない自然な笑みを浮かべている。

 先見の巫女の能力ちからが予見したのはこのためか、と思った。


「あの子たちの他にも、織羽さまには三人の孫がいるそうだ。隣町で暮らしているそうだが、その子たちも少し変わった体質のようだよ」


 琴音の言葉に、柊耶は少し疑問を抱いた。


「能力ではなく、体質ですか?」

「織羽さまには視えないそうだからね。どこか常人とは違うと感じられているそうだ」

「……琴音さま、黎くんから聞いたのですが、今回訪問された上代家は男児が育たないらしいと――」


 不安そうな柊耶とルームミラー越しに目が合う。

 柊耶にしては珍しく気に入った子供たちが心配なのだろうと琴音は思った。


「どうして男児が短命なのかは不明だ。でも織羽さまには五人もの男の孫がいる」


 琴音は窓の外の遠い空を見る。


「宮守にも巫女が現れた。次の当主も選定された。しかも、その次期当主は太陽神の遣いを守護に持っている」

「…………」

「時代が、動き始めるのか」

「……婆様、死なないでくださいね」


 思わず普段の口調で言ってしまった。

 そんな柊耶に、琴音は何も言わずに笑った。



 * * * * * *



「どんな力なのか、采希にもわからなかったの?」

「そうなんだよ、お婆ちゃん。風がすごくざわざわしたと思ったら、周りの小さな気配たちが一斉にお兄さんに従ったように見えた」


 小さな気配とは何だろう、と織羽は思案する。

 それは精霊のような自然の気ではないのか、と思い至るが、自分にいつも助言を与えてくれる存在からの応えはない。


「那岐の力に似ている気がしたんだけど」


 大人びた憂い顔で、孫が首を傾げる。

 織羽はその顔を眺めながら、琴音の言葉を思い出していた。



『あの子たちは、大人になるまで生きることができるのでしょうか。私にはその答えが聴こえません』

『ご自分に関わることですからね、高次の存在の言葉は真っすぐに届かないのだと思いますよ。どうしても自分の望む答えを聴きたくなりますから』

『……そうですね』

『白虎の主、采希さんに関しては巫女が先見をしております。今のままでは成人するのは困難、だけど彼の未来視で真っ白で何も視えない時期があると』


 カップを取り上げる琴音の指先を、織羽はじっと見つめる。


『その時期に起こる出来事で彼の未来が変わるのだと、そのように感じました。その事件にはうちの巫女が関わる。だから、巫女には未来視ができないのだろうと思います。それに彼には四神の守護があります。心配はないと、うちの龍神が申しておりましたよ』



 まだ小さな孫の行く末の不安が、消えた訳ではない。

 それでも朔の一族と呼ばれる霊能力者を束ねる琴音が気にかけてくれているのはありがたいと思った。


 琴音が退去する少し前に帰ってきた采希と那岐を見て、琴音は嬉しそうに微笑んだ。


「こんにちは、あの……すみません、お客様だと思わなくて、急に入って来てしまって……」

「はい、こんにちは。気にしなくていいですよ、ここはあなたの家です。お邪魔してます」


 ほっとしたように息を吐いた采希が、大きく目を見開く。

 何が視えたのかを口にしないのは、采希なりの気遣いなのだろうと織羽は思った。

 琴音はじっと采希を見つめ、特に言及せずに帰って行った。

 朔の当主はどんな存在を背負っているのだろうと興味は湧くが、采希が自分から話さないのは、どう表現したらいいのか分からないのだろうと思われた。


 その采希が遠くを見るように呟く。


「もう一度会いたいなぁ」


 眼を輝かせている采希の頭を、織羽はそっと撫でる。


「お前を助けてくれたお兄さんに?」

「うん」

「どうして?」


 人見知りすることの多い采希がもう一度会いたいと言ったことに興味を覚えた織羽が何気なく聞いた。

 少し考え込んだ采希の、背後で遊んでいた那岐がぽつりと呟いた。


「ぼく、神様って、もっとお爺さんだと思ってたよ」

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