第4話・寝たフリゲーム(前)

「灯里、ゲームをしましょう」

 ブレザー着用の義務から開放された今日、暑さと戦いながらも下校時刻を迎え、放課後はいつも通り真綿家。

 サクッと宿題を終わらせると、真綿はそう切り出した。

「ゲーム?」

 そういうの興味ないと思ってたんだけど。流行りのスマホゲーすらやってるとこ見たことないし。

「ええ。実は今日我慢ならないことがあって考案したの。名付けて、寝たフリゲーム」

 ああ、そういう感じか。いつか一緒に桃鉄とかやりたいな。今度誘ってみよ。

「なんそれ」

「ルールは簡単よ。灯里は3分間寝たフリをしていればいいだけ。私はそれの妨害をするの。目を開けてしまったり、寝てる人がとらない行動をとってしまったら負け」

 なるほど。寝たフリ……というか寝るのは得意分野だから本当に寝落ちしないかだけ心配だな。

「いいよ。でも真綿が提案してきたってことは、他にもなんかあるんでしょ」

「ふふっ流石私の灯里、鋭いわね。もちろん罰ゲームがあるわ……勝者は敗者になんでも命令ができるの!」

「……何でも?」

「なんでも!!!!」

 ろっ……ろくでもねぇ……。でもなんか真綿楽しそうだし……別にいっか。

「わかった。私は寝たフリしてればいいわけね?」

「そうよ! 私の激しい攻撃に耐えられるかしら? ふふふ……」

 激しいって言っても……どうせくすぐりとか、一発ギャグとかだろうな。あーでも確かにお笑い好きなのはバレてるし、そういう線で攻められるときついかも。

「さぁさぁ寝て寝て! 灯里が目を閉じたらスタートよ!」

「ほんとに寝ちゃったら適当な時間に起こしてね」

「その余裕がどこまで続くか楽しみだわ……!!」


 ×

 

 寝慣れたベッドに体を預け、さっそく目を閉じる……前に、妙に鼻息の荒い真綿へ一応釘を刺しておく。

「変なことしないでね」

「…………ぴゅ~ぴゅぴゅ~」

 視線を逸らして下手くそな口笛を吹く真綿。まぁ……度を越したことはしない子だと信じよう。

「んじゃ、おやすみ」

 瞼を下ろして本気で寝に入る。枕と後頭部の間に意識を集中させればあっという間に――

「ふっふふっ……」

 ――この感じ……こいつ……

「かっ可愛すぎる……灯里ちゃんの寝顔……最高……可愛い……美しい……芸術……」

 パシャパシャと……写真撮ってやがる……。なるほどそういうことね。

「寝顔ってもうほとんどキス顔よね。はぁもうやばい。スマホの容量が足りない! クラウドストレージも足りない!!」

 最先端技術を無駄遣いするな。

「さて、次次……」

 声に続いてベッドが軋んだ。どうやら撮影を終えてスマホを置いた真綿が、私の寝ているベッドに乗っかったらしい。

「……」

 そして腰に抱きつかれた。ちょっと苦しい。

「灯里……」

 大きく深呼吸をした真綿は私の胸元に顔面を埋め込み、突然声を上げた。

「灯里……灯里ちゃん、好き好き好き好き大好き大好き愛してる! もうずっと好き! 初めて会ったときからどの瞬間も今の今まで永遠に好き未来永劫絶対好き!」

 ……うっわ。…………はず。

「けだるげな瞳もクールな声音もすらっとした手足も包容力のある体もめんどくさがりなところもちょっとひねくれてるところもでも本当はすっごく優しいところも全部全部全部大好き!! ずっと一緒だよ、私なんでもできるから。どんなことをしてでも灯里ちゃんの力になるから」

「…………」

 恥ずかしさ7割、感動3割。

 なるほど真綿め、良い作戦だ。この逃げ用のない状況でこうも気持ちをぶつけられては私とて感情が動く。

 何か言い返してやりたいと思うし、ちょっと泣きかけた。

 だけど甘かったな。これが初めての告白ならどうしようもなかっただろうけど、今はそれなりに耐性がある。

「……ふぅーん、これでも寝たフリするんだ、灯里ちゃん」

 この勝負、私の勝ちだ。

「じゃあしょうがないよね、時間もないし最後は……」

 まだあるのか。意外に3分長いな……。

「よいしょ、っと」

 真綿は馬乗りのまま私の両腕を持ち上げ、頭の上に移動させた。つまりその、今の格好だと……。

「……あんなもの見せられて、正気でいられるわけないでしょ?」

 こいつ……!」

「ふっふふ……灯里ちゃんの……わ、腋……」

「ちょ、もうギブ」

「なぁぁぁあああああああ!!!?!??!?!???」

 シャツをズラされた辺りで羞恥心の限界。流石は優等生、なかなかの策士だ。

「はぁ、やられたよ。まさかこんな作戦があったとは「この生殺しぃ! 今日から夏服でシャツの奥底にある秘境をチラつかされて、チラッチラッチラッチラッ見えるか見えないかのギリギリを何度も味わされて限界突破だったのにここまできて!? ここでも生殺しなの!?」

 策士でもなんでもなかった。ただの変態だった。

「まぁーでもね、これで勝負は私の勝ち! 命令は聞いてもらいわよ灯里! 隙を生じぬ二段構えってね!」

「えっ? 次は真綿が寝たフリする番でしょ?」

「…………」

 あっ、それは考えてなかったって顔してる。

「た、たしかにそれもそうね、PKも先攻後攻があるものね。いいわよ? 受けて立とうじゃない! でも……ふふ、いいのかしら、こんなの消化試合よ? だって私、灯里からだったら何されても嬉しいし、どこ見せたって恥ずかしくないもの! むしろ見て欲しい! 灯里のために存在するこの体を! しかも耐えきったらなんでも命令ができる……ふふふ、負ける気がしないわ……!」

「はいはーい、さっさと寝てくださーい」

 ニマニマしてる真綿、既に寝たフリができているとは言い難いし失格にしたいところだけど……まぁいい。

 隙を生じぬ二段構え? 上等。こっちは三段構えで攻めてあげる。

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