姉、シュワルツシルト半径に落ち込む

「ああああああああ!」

ターザンが感冒を患ったような叫びが響いた。満を持して第一作を発表したものの、問われた世の側も困惑している。そりゃそうだ。小説とは名ばかりの散文で、その内容たるや会話文をただただ書き下しただけだ。本人の脳内では乙女ゲームも荷物をまとめて郷里に帰りそうなぐらい恥ずかしい秘め事が展開しているらしく、ヤマもオチもあったもんじゃない。

「なんでアタシにくれないのー?お星さまーーーッ」

パソコンテーブルに突っ伏してダメになるベッドをどんどん濡らしてダメにしていく。

見かねた代美が「どれどれ」とのぞき込む。しかし、ピシャっとノーパソの蓋が閉じられた。

「見せてくれなきゃアドバイスできんじゃん?」

「うっさいわねえ!どうせアタシなんかーー!」

ギャン泣きする代美。しかたなく、ツヅリは自分のアカウントで活字銀座にログインした。姉に感化されてコッソリ乙女がすなるオメガバースというモノを戯れに書き始めた件は内緒である。

そして、あろうことか連載第一話にしてブックマーク登録3桁を達成していた。これも墓場に持っていきたい極秘情報だ。

活字銀座の投げ星評価システムはどちらかというと人気投票に近い。知己が「星を投げ合う」という文化があって、挨拶代わりに同じ作品に同一人物が投票していく。また、どういう意図があるのか知らないが作者自身も自分の作品に投票できてしまう。

「これってどうなのかしら?」

ツヅリは疑問に感じた。活字銀座においては作品そのものの面白さや完成度だけでなく人気も数値化されるようだ。さらに作者本人の自己顕示欲も加味される。つまり、早い話が自演するだけで週に7つは星が貯まる。

「人気者や顔が広い人は救われるのよね。代美姉ぇは人付き合いが苦手だもんね」

では、没交渉な作家にとって活字銀座はタクラマカン砂漠なのかと言えば、そうでもなく、執筆の悩みを語り合う掲示板やネタを募集するイベント機能も実装されている。さらに活字銀座の素晴らしいところはあの手この手で書かせようという強迫観念めいたテコ入れである。まず3日おきになにがしかの募集がある。

例えば「ちょっと小腹が空いた時にフト想うこと」なんてお題がある。

起承転結やオチがついてなくてもいい。脳内キャラクターの独白でもいい。

パパっとノリと勢いでフリック入力した投稿も受け付けてもらえる。

「これ、いいじゃん」

ツヅリはダメ元で姉に勧めてみた。


「こんなので評価もらってもしょうがないよ~」

案の定、姉はダメなベッドに沈み込んだ。彼女基準で言えばアイデアメモは小説ではないとのたまう。

エアコンが唐突に止まった。どうすればいいのだ、この夏。

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