インナーコスモスに星は降るのか?

その日から代美はますますダメになった。国からの特別給付と進学を諦めて宙に浮いた学資を月ぎめで取り崩す間はどうにか暮らしていける。それでも足りない月は代美のバイト代で補填しているが、それは光熱水費と食費の応分負担だ。姉はしばらくの間、心療内科で処方される抗鬱剤と睡眠導入剤を交互に服用して寝たきり状態だった。

仰臥位も続けるとしんどい。いわゆる鬱疲れというやつだ。

姉はトイレと食事以外は寝台周辺で過ごす。日常生活度でいうとレベル2Bにあたる。

代美がへとへとになった体を鞭打ちながらゴミ出しをしていると開かずの戸が開いた。

ウォーっと雌ゴリラがパンツ一丁で仁王立ちしている。

「お姉ちゃん。スカートぐらいはいたらどうなの?」

夜勤明けでイラついてるところに追加燃料が投入され口論が始まった。

「うっさいわねえ!別にどーだっていいじゃん」

「アタシが困るの!急に人が来たらどうするの?」

と、怒鳴る傍からピーンポーン♪の合図。

「近江ミサイル宅給便でーす」

ドアの向こうでドサッと荷物が落ちる。

「はぁい!」

代美がサンダルをつっかけ、ツヅリが「やべ!」と掛けてあったスカートをあわてて履く。タオル生地のゆるゆるフリーサイズ。

「ひゃん☆」

ツヅリが玄関から飛び出すと山積みの段ボールにぶち当たった。

「おお!ワンカリ、仕事速ッ」

姉は三段腹をよじらせながら開封の儀に取り掛かる。

「お姉ちゃん。何よこれ?」

「パソのコン♪」

打てば響くように軽口が返ってくる。

姉のもとに届いたのは最新のゲーミングパソコン一式と大型液晶ディスプレイ。

そして「貴女をダメにする天使のねごこち☆ステイホーム対応極楽浄土」だ。

平べったいが弾力性に富んだつくりはウォーターベッドの十倍のねごこち。寝落ちしても大丈夫な撥水加工。オン呑みも安心♪と段ボールに銘打ってある。

ダメだ、こりゃ。

「ピンポーン!」

インターホンがつるべ打ちされる。疾風怒濤の通販ツープラトン連発攻撃。

さらにダイビング・ラリアットで続けよとばかりに荷物が投げ入れられる。

「なに?このポチの嵐!」

仰け反る妹に姉がダブル・インパクト攻撃を放つ。

「特別定額給付金、ぜんぶ溶かした!」

おお、神よ。あなたは彼女に何をさせようというのか。



「執筆活動を本格化するの」

ペットボトルの林を切り開いた広大な一畳ほどの更地に領主の本陣が築城された。姉曰く、ネットサーフィンの途中で人生の師に遭遇したらしい。

履いて捨てるほどあるアフィリエイトサイトの一つだ。検索で拾い集めた有象無象の情報を大見出しとフリー画像で粉飾してある。その内容はありふれていて薄っぺらい。しかし人生に窮した人々にとってはお経よりもありがたい教えになる。金科玉条を厳守すれば成功者になれると錯覚させる。

信者たちはやがてサイトに参拝するようになる。日に何度もアクセスし、更新されないページを読み返すのだ。

閲覧回数を稼ぐ手口だ。その魔法にツヅリがコロッとひかかった。

「スキルの棚卸しを勧めてるだけじゃん。それがどうして小説執筆に飛躍するの?」

代美が独りで段ボールを畳んでいるとツヅリが言った。

「まとめているうちに書きたくなっちゃった」

どうやら、内面を見つめるうちにキラリと光る何かをみつけたらしい。

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