STEP:2
黎明省、行脚山脈。
どす黒い爪痕が最高峰を抉っている。探査船は用意された召喚門、時空蟲孔のいずれも通らず山麓に墜落した。爆発炎上の主因は武器弾薬区画の火が操縦室に回ったと調査委は纏めた。
問題はなぜ大気圏内にも関わらず酸素が加圧されたのか。報告書はそれも衝撃による故障と推定した。
あくまでも憶測だ。
物証は調査機運もろとも四散した。
世界では今日も魔道と科学が人口減少を競ってる。
「ですから『衒学』は智の保護区であり、国連加盟国全てから絶対中立不可侵の確約を…」
「成果をあげ続ければ、の話です!」
鵲は申請者の歎願をぴしゃりと撥ねつけた。銀縁眼鏡に白いブラウス、タイトスカート姿同士が黒檀ごしに睨みあう。鶯の方は彼女より二回り下なだけ拙いが元気はある。
「月刊誌衒学の部数倍増に貢献できると自負してます」
立ち上がり、すらりとした太腿を見せつけるように裾を直す。
「ちょいとばかり定期購読数が伸び悩んでるとか?」
机に両手をつき、胸を揺らし、腰まである黒髪を右手で梳く。そして、指を鳴らすと虚空に販売実績が浮かんだ。内容が科学軽視で魔道寄りだという内部監査の苦言つき。
「う、うちの営業機密に侵入するような反社勢力とは」
狼狽える鵲を横目に鶯は顎をしゃくった。
しゃなり、しゃなり。フランス人形にそのまま魂を吹き込んだかのような愛くるしい少女が歩み出た。
「こんにちわ。鵲副編集長。鶉と申します」
ドレスの裾をつまんで一礼する。
「あたしの右腕で分析力は衒学編集員に比肩するかと」
鶯は高らかに助手の賛歌をうたう。
「彼女、確かに優秀だけど学校は通ってないようね」
渡された履歴書を繰りながら鵲は付け加えた。
「量子力学、鉄人工学、亜人培養学の権威は間に合ってるし、不気味の山に迫る程の鉄人も新鮮味はない」
精巧な眼球や銀色の尺骨が鶯の前に投げ出される。衒学が先月号で特集した最新鉄人工学の粋。
ソッポを向く鶉。
「貴女、ちゃんと学校に通いなさいな。もったいないわ。衒学の奨学金もあるし」
やさしく肩を抱こうとした鵲の手を払いのける。
「わたし、不気味の山を渡ったんです!」
鵲がハッと息をのんだ。「まさか、貴女が…ねぇ?」
鶉はわざとギクシャクしたダンスを踊り、しなやかに倒立してみせた。
行脚山麓、衒学総合研究中心。
清潔で無味乾燥な建屋がたちまち女性特有の不潔で彩られた。毛だらけの洗面台、脱ぎ散らかした衣類、汚れた便座、そして洋酒のシミと設計図。
最後に鶯が埃と錆びを持ち込んでゴミ屋敷同然の研究室を再現した。与えられた時間は一週間。無垢第二次探検隊の出発までに鉄人を量産せねばならない。
それが月刊衒学から生涯援助を受ける条件だ。
探査船に人は乗らない。限りなく近い鉄人で充分だ。亜人の搭乗は見送られた。編集方針もあるが、意志ある生き物は裏切るという前回の轍を踏まえた結論だ。
「鶉ちゃん、よろしくね」
鵲は年甲斐もなく声を上ずらせた。
「鶉、でいいです。親近感で審美眼を歪めたくないし」
むすっとした返事。かわいくない。
「嫌われてる? そりゃ母子家庭も同然の所に他所の女が来たんだもの」
鶯が三人分のシチューを盛り付ける。
「それ、鶉さんの?」
鵲が皿を数え直した。
「ええ、そうよ。変?」
「変って、代謝は?」
「亜人培養者みたいな物言いね」
鶯はムッとしてエプロンを脱ぎ棄てた。
「疑って悪かったわ。だって月刊衒学は…」
慌てて取り繕う鵲。鶯は開かずの扉を開いた。そこには小さな銀河が渦巻いていた。
「膠着円盤。帯電した黒孔に物質を投射して、重力崩壊の力で強制核融合する。入出力の収支が完全に合うのよ」
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