こころ、ひびく

音楽は人類が創り出した至宝だと聞いたことがある。見よう見まねでギターを習い始めてから僕は実感した。

アコギを弾くのは初心者の僕にとって異世界の出来事に思えたけど、指一本で奏でる曲がある。

人差し指で2弦の1フェレット、そして1弦の3フェレットを小指で押さえればCとGのコード譜になる。

それで僕はアウトドア派でもないのに雪山賛歌をヘビーローテーションしていた。ついたあだ名が四十九(しじゅうく)。


コードをもう一つ覚えた時は僕の誕生日が近づいていて、葵は一緒にハッピーバースデーを演奏してくれた。

そして顧問の小田先生(数学の担任だぜ)がもう一個コードを教えてくれた。

「レットイットビー」、僕の親父が生まれる前に大ヒットした名曲だ。

小田先生は軽音楽という言葉に侮辱を感じていたらしく、前任者から引き継いだ際にジャズ部と改名した。

ジャズっていうやつは脈絡なく演奏しているようでパートの分担が明確でない分、入り込むタイミングが難しい。

おまけに阿吽の呼吸というより明文化されていない暗黙や不文律だらけで、選択を誤ると共演者の不興を買うことになる。

    

優柔不断な僕にはとても生きていける世界ではない。だが、頭の中の天使が的確にナビゲートしてくれた。

「よっくん、最近あたしの方を見てないよね」

いつも通りの放課後、部室に向かう途中のことだった。葵は悲しそうな目で僕を見つめた。

「演るからには本格派!」と銘打つ小田先生の方針でジャズ部は土日祝日関係なしに校外へ活動範囲を広げている。

その会場の末席に僕はあの黒髪少女を見出すようになっていた。葵は幼稚園時代から習っていたピアノの腕を発揮してアドリブで客席を沸かせている。

彼女が鍵盤に向かい合っている隙に僕は黒髪少女とアイコンタクトを取る仲に発展している。誓っていうが、僕は別に葵に飽きたわけじゃない。

もともと微笑みかけたのは彼女のほうだ。だけど、そんな不協和音を葵はしっかりと聞き取っていたのだ。

こういう時はどうすればいいのだろう。天使よ迷える子羊を導きたまえ。

「そんな、僕は……」

しどろもどろになってしまう。どうしたんだ。どうすればいいんだ。早く答えてくれ。僕は心の中で必死に祈った。

「知ってるわよ。あの子のこと。ずっと気にしてるでしょ」

葵はいきなり渡り廊下を指さした。ちょうど黒髪のあの子が通りかかった。

「な、名前も住所も知らないんだ。顔見知りってもんじゃない。話したこともないんだ」

    

僕は真実を並べ立てた。女子は男子よりも冷静だっていうじゃないか。だから、きっと理解してくれるにちがいない。

音楽こころかよってるじゃない!」

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