第三十二話 二人の邂逅とお化け屋敷
10時前、クラス最後の打ち合わせを終え、俺は買い出しの時に買った、口が裂けて目が空洞になっている黒髪ボサボサのお化けのお面を被る。
「ノ、ノロッテヤル!!」
よし、喉の調子も悪くない。俺は持ち場に設置された椅子に座って客が通るのを待つ。
このお化け屋敷は廃ビルのワンフロアをモチーフにした迷路のようなものになっており、謎解きなどはなく、ただルートを進むだけになっているのだが、いかんせん造込みが凄く、扇風機やらも配置されていて、窓ガラスなどが割れて風が吹き曝しになっている廃ビルを完全再現していると言っても過言ではない。
なので、普通に入って出口を目指すだけでもスリルを楽しめるってわけなのだ。いやしかし、うちのクラスの技術班は手が込んでんね。
そんな俺の持ち場は中盤辺り、元は給湯室であっただろう部屋をモチーフにしたエリア。ルート的にはそんなに見応えがないように比較的綺麗めに作られているのだが、それはお客さんを無意識に安心させるためであり、「いままでの部屋は不気味だったけど、ここは比較的大丈夫そう」と思わせてからが本番だ。
お客さんが通って来た通路、即ちお客さんの背後からお盆だけ持って現れ、「#&/:¥€%%$÷!!!!」と言葉にならない叫び声を上げて、お盆だけ落として後ろの黒い暖簾の中に戻る。という役割を俺はするのである。
さぁて、八重桜さんが来たら更に気合い入れて脅かそうかな。
俺も文化祭の熱に浮かされて、今日はなんか行けそうな気がしてる。陽キャ…とまでは行かないが、ぼちぼちテンション上げれるぞ。
━━━
「ふぃ〜、まお、ちゃんと売上管理するんだぞ?」
「分かってるよ!みりあこそだからね?」
「あいあい」
私はみりあと並んでお化け屋敷の受付用に用意した机に座ってる。
今日の私の仕事は、受付と入場管理。来たお客さんからお金とか生徒専用の割引券とかを受け取って帳簿に書き込んでいく役割だね。
一応、このお化け屋敷は一周の目安が3分くらいだから、基本は前の組が出て来てから次のお客さんを入れるようにしてたりする。これが入場管理の仕事。
あとは、時間確認して、ちょっとお客さんが遅れてたりしたら、待機してる男子に中の様子を見に行ってもらったり。
もし中でトラブルとか(例えば、お客さんがビックリして腰が抜けて立てなくなったとか)が起きることがあるかも…だからね!
まぁ、そんなことは今まで一回も無いんだけど。それでも備えあれば憂いなし。
「いらっしゃいませ〜!」
とか色々考えていると、本日5組目のお客さんが来た。身長が高くて美形な子と、もう1人は小さくて黒髪をハーフアップに纏めた子。制服のリボンからして一年生。
前の身長が高い子は元気いっぱいぽいけど、後ろの小さい子はどこかプルプルしていて前の子の裾を摘んでる。怖がりなのかな?
「2人です!学祭チケットあります!」
元気よく前の子が私に2人分のチケットを渡してくれた。
「はーい!前の組が入ってからまだ少しだからちょっと待っててね?」
「はい!待ってます」
と待ち時間を話して過ごす一年生2人組。ちらっ耳を傾けると、「〜先輩がセット作ったんだって〜」とか「ふうかにしがみ付いててもいい…?」とか聞こえてくる。
というかこの小さい方の子見覚えがある。多分、前あの人と一緒にいた子だよね…?どういう関係なんだろ?
もしかして付き合ってるとか…?
いやいや!あの人に限ってそれはないでしょ!わ、分からないけど…。普通に後輩で、近所に住んでるだけの顔見知りってだけかもしれないし。
って何考えてるんだろ私。別に付き合ってようが何してようが私には関係ないし!
━━━
つ、ついにぱいせんのクラスに遊びに来てしまいました。ひとりじゃ心細かったのでふうかにもついて来て貰いました。
「赤坂先輩、結構気合い入ってたから多分めっちゃ怖いと思うよ!」
「ほ、ほんと?が、頑張ろ…」
どうやら、ぱいせんも言ってた通り、かなり気合が入ってるみたいです。前の前の組とすれ違ったけど涙目になりながら出てきてました。ちなみにこの待ってる間も奥から悲鳴が聞こえてきます。
正直ふうかが居ても相当怖いし、引き返したいのですが、ぱいせんと約束したからにはここで引くわけには行きません。なので私は深呼吸して息を整えます。
「ふぅ…」
「楽しもうね!」
「が、頑張るね…!」
スーハー、スーハー。よし、だいぶ落ち着いてきました。所詮はセット、作り物です。脅かし役がいる、ということは常に脅かされることを意識してれば、いつ出てきても対処できますからね。
それにしても、受付の先輩は確か、夏休みにパイセンと出かけた時に学校に来ていた先輩です。見覚えがあります。パイセンがその先輩を見ていたことも覚えています。
パイセンと同じクラス…だったんですね。同じクラスで同じ授業を聞いて同じ時間割を過ごしてる…。なんかちょっとだけモヤモヤしてきました。
やっぱりパイセンはあの先輩の事が好きなんでしょうか?私と一緒に出掛けたのも後輩としか見られてないのでしょうか?
「むぅ…」
「お待たせしました〜!おふたりさんどうぞ!これ懐中電灯ね!」
先輩から懐中電灯を渡されて遂に私たちの番が回って来ました。さて、パイセンはどの辺に潜んでるんでしょうか?気になりますね。
━━━
この後こはるはギリギリ涙を堪えつつ、ふうかにしがみつきながらもお化け屋敷を踏破した。
「ふうかぁ〜」
「はいはいよしよし。よく頑張ったねこはる〜」
正直めちゃめちゃ怖かったです…。特に途中の部屋に出てきたお盆を持った長い髪の幽霊。突然聞き取れない言葉で喚き散らして、お盆を地面にカラン、と落としてフッと消えていったやつです。
「しっかし、壁の造り込みとか凄かったし!あれ一枚一枚描いて塗ってるって凄いよね!」
ふうかは私がしがみ付いてるのにも関わらず、テンション爆上げでお化け屋敷の感想を言ってます。そんな壁なんて見る余裕があるなんて…。
「完敗です…」
「ん?なにか言った〜?」
「んーん!何も!ないよ!」
「そかそか!それならそろそろ私たちも戻ろっか!売り子頑張ろ〜!」
「う、うん!頑張ろうね!」
怖いもの知らずのふうかについていくようにして、私たちは自分たちのクラスに向かいます。この後来てくれるぱいせんのために気合い入れて頑張りましょうか。
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