第二十八話 日入り果てて

時は経ち、文化祭前日。


某Y市にある廃墟をモチーフに作られたお化け屋敷は、百谷さん含む技術スタッフ達の手によって学生レベルとは思えないくらい仕上げられていた。ってかこれ普通にテレビ番組のセットくらいのクオリティあるんじゃないか?


うちのクラスには百谷さん以外にもDIYを得意とする人間が結構居たらしく、この出来になった。自分の手で何かを形作るってすっごいよね。


いつかの話題に出て来た赤坂もこういうの得意みたいで、イキイキと百谷さんと崩れた外壁の塗装をしてたりしたし。


「よーし、これで明日を待つだけだね!」


と、汗を拭いながら篠崎さん。


「絶対成功させるぞー!」

「「「おーーー!!!」」」


みんなのモチベは最高潮、各々が友達と盛り上がっている中、俺はそれをクラスの端で見ていた。


勿論最低限では手伝いとかはしたし、全く準備に関わっていないわけではないが、いかんせんこういう時に一緒に盛り上がれる友人というのがいない。


「ふぅ」


この瞬間は非常に苦手だ。


一緒に盛り上がる、という気力自体がないので、「お若いですこと…」と遠目から見るのが一番楽なのだが、それと同時に疎外感を感じて少しばかり寂しくもなる。


まぁ、人付き合いは体力使うし、避けてきたのは俺の方なので仕方ないっちゃ仕方ない。


各仲良しグループで、前夜祭だなんだと言う声が聞こえて、ゾロゾロ教室から出て行く。


「…」

「ん?なにしてんの?まお行くよー?」

「う、うん!行こっか!」


それを見ないフリして、関わらないように頬杖を付いて外を見ていると、ガラスに反射して、少しこちらを気にする篠崎さんが見えたが、他の女子に誘われて教室から出て行く。


やがて教室には俺だけが残された。


「ふぅ、これ、側から見たらただの痛い奴よなぁ」


そう、人付き合いを避けるために気取っている…、と自ら距離を置きに行ってる分、周りから見たら更に関わりづらいように見えるだろう。


大人になった時、思い返せば黒歴史になりそうだが、別にそん時はそん時で良い。


よし、帰るか。


教室の窓を閉めて、全て鍵が掛かっているかの施錠チェック。あとはこの鍵を返しに職員室に行って、帰るだけだ。


文化祭前日ということもあって、大会を間近に控えてる部活以外は基本的に休みになっているので、今日は散歩しなくてもすんなり帰れそう。


「あ、ぱいせん」

「八重桜さん」


職員室に向かう途中、生徒会の腕章を付けた八重桜さんと遭遇した。


「文化祭の準備終わったんですね」

「おん、すっごいクオリティだから、八重桜さんも楽しみにしとき」

「ふ、ふーん?そんなに凄いクオリティならた、楽しみですね?」


八重桜さんと横並びになって職員室に向かう。

今日も前みたバインダーを胸前に抱えている。


多分、文化祭関連の書類とか色々と挟んでるんだろうな。


「八重桜さんのところはどう?」

「私のところもバッチリですよ。なんでも、クラスの子の親戚が実際にタピオカ屋さんらしくて、そこの美味しいタピオカを提供してもらえることになったんです」

「じゃあお店の味を楽しめるんやね!楽しみ」


夕陽差し込む廊下を八重桜さんと並んで歩く。

この時間がずっと続けばいいのにな、なんて思ってしまう。


空いた窓から秋の夕方の心地良い風が吹き込んで、八重桜さんの髪を揺らす。


靡いた髪の隙間から覗く、艶々と白くて少し汗の浮かんだうなじに思わず見惚れてしまいそうになって、前を向き直す。




あかんな、なんか今日センチメンタルになってる。おセンチ君。もうお帰りください。


「そういえば、ぱいせんのクラスは前夜祭とかないんですか?」

「うっ…!」


おセンチ君に向けて手を振ってお別れしようとしていた俺の脇腹に、突然ぶち込まれたブローに思わずヨロけてしまった。


「だ、大丈夫ですか?」

「な、なんでもないよ!ちょ、ちょっと躓いただけ!」


あぁ、恥ずかしい姿を見せてしまったぜ…。情けねぇな俺…。


そうだよ…俺はこのままひとりで卒業まで行くねん。無駄に他人に振り回されるのは疲れたんや…。何か期待してそれに裏切られた時の悲しみってやつぁ大変よ、そりゃもう。


おセンチ君、また来たんかキミ…。


でも、八重桜さんとこのままずっと他愛無い話をしながらこうやって一緒にいたいと願ってしまう俺もいるのは事実だ。


ここは、クラスの輩達と上手くやってる印象を与えていた方が、好感度は下がらないか?


いや、下手な嘘をついても良いことないしなぁ…。


「前夜祭よね。あるにはあるらしいんだけど、あんまり大勢の人間と遊ぶの得意じゃないからパスしたんよね」

「ふぅん、ぱいせんらしくて安心しました」


素直に事実を言うと、八重桜さんは何故かクスッと笑った。なんで笑うねん。


「ぱいせんがクラスに馴染んでるの想像できないですから」

「もしかして…馬鹿にしてる?」

「馬鹿にしてるわけじゃないです!!」

「お、おう…?」


そしていつの間にか俺と八重桜さんは職員室の前まで到着していた。めっちゃあっという間だった気がする。


よし、鍵返して帰ろうかな。明日は朝早いし。どうせ、みんなみたいに遊びに行くわけじゃないから、せめて大判焼きでも買って帰るかね。あ、でもビオにも行ってる連中いんのかな。悩む。


「あ、あのっ、ぱいせん」


職員室に入ろうと、ノックをしようとしたところを八重桜さんに呼び止められた。


少し俯きがちに、何かを言いたそうに上目遣いでこちらを見ている八重桜さん。


「ん?どうかした?」


もじもじしてる八重桜さんは、「よし」と小さく呟くと、思い切ったような表情で顔を上げるとこちらと目を合わせて、


「きょ、今日、この後、私と前夜祭しませんか…!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る