第二十九話 風の音、虫の音など

「…!?」


ぜ、前夜祭ですって〜ッ!?

まさかのお誘いに思わず変な反応をしてしまった。


ただでさえ、前夜祭とかいう存在と無縁だったのに、八重桜さんと二人で!?


「だ、だめです…か?」


俺の反応に、また俯いてもじもじし始めた八重桜さん。え、なに。可愛いんだけど。どうしたんだろう、まさかこちらをキュン死に導こうとしてる…?


まて、冷静になれよ俺。かわいい後輩が勇気を出して誘ってくれてるじゃないか。そこで、変な態度になってしまったり、動揺とかしたら、流石に面目ないだろ。


よし、おけ。

ここは少し成長した俺の力を見せよう。


「駄目じゃないよ、寧ろ八重桜さんから誘ってくれて嬉しい」


少し恥ずかしいけど面と向かって言う。


そう、俺は気付いてしまったのだ。自信の無さも自己中の内の一つだと。相手の気持ちをガン無視して、勝手にあーだこーだと決め付けているという事に。


相手がこっちの事をどう考えているかなんて、決めつけるだけのものじゃない。


相手が何を考えているかは相手に聞いてみないと分からないから。


結局は何か一つ、アクションを起こしてみないと相手の事なんて何もわからない。こっちから動いてみて、相手の反応を待つ。いつまでも受動的じゃいられねぇ。


いつまでもヘタってばかりじゃ進まないから。例えカッコ悪くても思い上がりでもいい。八重桜さんが何を考えているのかなんて八重桜さんじゃないから分かんないし。


せっかく向こうから誘ってくれてるのに、年上の俺が応えなくてどうすんだよって。ちょっとくらい気恥ずかしくてもカッコつけてみてもいいだろ。


何か罰ゲームとかで言わされてるのかもしれないし、こっちの思い上がりかもしれないし、自意識過剰かもしれない。引かれるかもしれない。まぁでも失敗してから学ぶこともある、と思うから。


今まで通りヘタってしどろもどろなるよりも、カッコ付けてもいいから他の人間に笑われてもいいから。


やらない後悔よりやった後悔?だっけ?取り敢えず行動に移さないと状況は動かないからな。


思い上がりならそれでいい、自意識過剰ならそれでもいい。どうせ俺は最初からどん底だし、堕ちるなら堕ちるまで。


そう思って八重桜さんを見ていると。


「…!」


ボンッ。


破裂音みたいなのが聞こえた気がした。前にいる八重桜さんから。


悪い癖で一瞬目を閉じてしまう。だって、突然破裂音してみ?ビックリするじゃん?反射ってやつ。


ちょっと待っても何も起こらないので、聞き間違いか?と一瞬思い、うっすらと目を開けると、八重桜さんは俯いていた。


「だ、大丈夫…?ごめん、突然変なこと言って…」


やべ、なんか勢いで言ってしまったけどミスったのか!?一気に不安になった俺は速攻で自己反省会を開く。


相変わらず無言のまま一分が過ぎようとしていた。


ちょっと落ち着いてきた俺が八重桜さんの方に目をやると、垂れた前髪の僅かな隙間から、チラッと見えたその顔は真っ赤になっていた。


んんん…?これは…?


「は、反則ですよ…そんなこと言うなんてぱいせんらしくない…です…」


モジモジしつつ、ボソッと何かを呟く八重桜さん。


う…可愛さが凄い…。可愛さのインフレ起きてるって!脳内カメラのシャッターをパッシャパッシャ押しまくれ!パシャリングステーション!


「な、なんでもない、です!」


思わずジーッと見てしまっていた俺に気付いた八重桜さんは両手をパタパタ振ってなんでもないアピールをすると深呼吸した。


「そ、その、前夜祭なんですけど」

「お、おん」


息を整えた後、前夜祭について話してくれる。


「前夜祭って言っても、コンビニとかで色々買って、公園でゆっくり出来たらな、と思ってます」

「ん、了解。それも楽しそうだね」

「で、では!それで行きましょう!」


ふんすっ、と意気込んで、にっこり笑顔の八重桜さん。そんな八重桜さんを、俺は生暖かい目で見つめる。


多分キモい顔になってるんだろうが、しょうがないだろ!こんな可愛い生き物を目の前にして!


八重桜さんは色々とこの後の前夜祭について考え事をしているのか、幸い俺の表情には気付いていないみたいだ、セーフ。


「私もあと、この書類を先生に提出して、ちょっと課題についての質問をいくつかしたら終わるので、15分後くらいに駐輪場でまた!」

「分かったよ、先に行ってるね」

「はい!」


機嫌良さそうに職員室に入っていく八重桜さん。


ってか放課後に女子と2人、なんやかんやいってまだ慣れないし、いまだにドッキリやイタズラを疑ってしまう。八重桜さんが俺のことを好きならいいなぁ、とは思うけどさ。流石にそれは願望に過ぎないし。


俺のどこに魅力があるんだよ!


自分で言ってみて悲しくなってきたな。


そしてさっきは勢いでカッコつけてみたけど、今思い返してみれば正直相当恥ずかしいし…。ま、まぁこの後も粗相無いようにしようかね。せっかく誘ってくれたんだし、腹括って楽しもうぞ。


にしても前夜祭か…。ふむ。悪くない。


変に大人数で集まってファミレスとかで騒ぐよりかは少人数の身内で集まってしんみり話したりする方が好きなので助かる。


ってか自分でも今思うんだけど、後輩の女子と二人きりなんてシチュエーション、夏前の俺なら爆発してるよな…。


なんかここ最近、良いのか悪いのか女子との関わりが少し多いような気がするので、前みたいな変な緊張とかはしてない。


少し成長した気分だわ。それでもめちゃめちゃに緊張はしてるけどね?前よりは少しマシってだけだからねっ!


と、心の中でひとりごとを呟きながら、廊下に入ってきていた落ち葉を拾って窓の外へ放つ。と、窓の外にとある人物を見つけた。


「あれは…杠葉さん?」


そう、杠葉さん。俺が対人慣れを出来てきた要員の1人。

そんな杠葉さんは、裏庭の真ん中のベンチに座って誰かと話していた。


誰と話しているのかは、木の幹に隠れてて丁度見えない。でも、俺は杠葉さんの手に握られた物騒な物に目を奪われてしまった。


「エアガン…?」


拳銃の見た目をしたソレを、相手に手渡しした杠葉さんは、代わりに相手から黒いキャリーケースを受け取ると周りをキョロキョロと見渡し、俺の視界から見えない方へ歩いて行ってしまった。


持っていたのは多分マルイ製のM92F…。割とメジャーな拳銃の内の一つで、エアガンの人気も高く、ホビーショップなどでエアーコッキングだと3,000円程度で売ってあるので手に入れやすいはず。


それをどうして彼女が持って来ていたのか?そしてそれと引き換えに受け取っていた黒いキャリーケースの中身は…?


なんか見たらいけないようなものを見てしまったような…まぁ…見なかったことにすれば…。


「あ、やべ、そろそろ15分経つやないかい!」


俺は急いで駐輪場に向かう。


しかしこれが後々に大きな事件(?)に発展するなんてこの時は考えもしなかった…。

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