第十話 蛍の多く飛びちがひたる

「ぱいせん、おはようございます」

「お、おん」


7時くらいに起き、8時半ほどに学校に着くと、私服の八重桜こはるが既に立っていた。


髪をポニーテールにして、片肩出しのオフショルに短パン。足はサンダルでシンプルに決めている。日焼け止めを塗ったのだろう、白い肌が日光に反射して眩しい。


なんて可愛いんだこいつは。


制服の3倍の戦闘力を持った八重桜こはるは背伸びをすると、自分の自転車に跨った。


「ではさっそくですが出発しましょう」

「お、おん」


八重桜こはるの自転車は黒色と青色が入ったスポーティーなクロスバイクで、八重桜こはるのポニーテールと相まってスポーティーな印象が持てる。かわいい。


八重桜こはるに続いて自転車に乗ろうとしたその時、なんか人の気配を感じて自転車に乗るのを一旦辞める。


「なんか家族の用事があるとかで今日来れないんだって」

「えー?マジ?絶対来ると思ったんだけどなぁ」


なんか聞き覚えのある声が二つ裏の方から聞こえてきた。


先行する八重桜こはるがこちらを不思議そうに振り返る。これは見つかるとなんか自分的に嫌なので八重桜こはるにも少し協力してもらおう。


「ちょ、隠れるね」

「?、ぱいせん?」

「こっちきて!」


2人して駐輪場の影に身を潜めていると、角の方から私服の篠崎まおとその友達が2人で出て来た。


ん?んん…?あれ…?


「用事があるって言ってたから来てるわけないよ!」

「やっぱないか、じゃ2人で行こー」


なんかヤバい事を思い出した気がしてSNSのメッセージを見ると、「明日の朝9時に学校集合」の文字を発見。


うっわ、やらかしてるよ俺。完璧に忘れてた。


見つからなくて良かったけど、見つかったらどう言えばいいんだ、せっかくの誘いを断ってる手前めっちゃ罪悪感しかない。


まぁでも、結果的に篠崎まおと2人きりってわけじゃなくてもう1人いたし、選択的には断っといて良かった。3人とか何話せばいいか分かんないからね。同じ趣味とかあるならまだしも。


それにしても。


篠崎まお可愛いかったな、おい。

少し長めの髪をお団子にして、ワンサイズ大きめの半袖のプリントTシャツにデニムのパンツ。夏だし靴はやっぱりサンダルで、手にはブレスレットを付けて、


「あの、ぱいせん」

「お、おん」

「目の前に私がいることを忘れないでください」

「ご、ごめん」


なんか不機嫌になってる八重桜こはる。

なぜだろう。女心ってのはよく分からんね。


にしても。これ女子と2人きりとか何すれば良いんだ。考えなしで、2人きり!デート!foo!とか思ってたけど、予想以上に気まずいぞ?


共通の話題とかも無いだろうし、そもそも切り出しても話を繋げることが俺には出来ねぇ。


周りから見たらそりゃ、羨まれるかもしれないが、この気まずさと言ったらもうなんとも居た堪れない。


やっぱりリア充って人種はコミュニケーション能力や、気遣い、そして何より自分に自信があり、自分の力量を十分に把握してる奴らなのだろう。


デートって自分の精神を削るものなのな。遠いわ、リア充…。


そうなるとなんだか八重桜さんに申し訳なくなって来た。


いくら向こうからの希望とはいえ、貴重な夏休みの一日を俺なんかに削って良いはずがない。


「それじゃ、梅森に向けて出発しましょう」

「お、おん」

「醤油カツ丼、楽しみですね」


この考えに至ってしまったら後はネガティブ思考一直線だ。やばい、本当に八重桜こはるに申し訳ないぞ。


にしても、お洒落してきてくれたのだろう。ナチュラルメイクが素材の良さを際立たせていて思わず見惚れてしまいそうになる。


自惚れかもしれないが、この子、もしかして気合を入れてきてくれたのだろうか。


「ぱいせんどうかしましたか?」

「い、いや、なにも」


いやしかし、小学校からの腐れ縁の男友達に、「女子は外に出るときは必ずお洒落して出て来るんだぜ?抜かりないよなぁ、女子ってすげぇや」とか言ってたのを思い出した。


そこは流石女子。やっぱり外に出るなら可愛い自分を魅せるのが女子力ってものなのだろう。


「そういえばぱいせん、どうしていつも放課後にぶらついてるんですか?」

「…」


これは言えない理由のやつ。マジで言えないやつだし、まだ振り切れてないので適当に誤魔化すしかない。


「さ、散歩してるんだよ散歩」


そう答えると、八重桜こはるは笑った。


「たまに体育館裏の告白イベントとかも見れるし、良いかもですね散歩」


暑い日差しの下に一輪の華が咲いたように見えた。八重桜こはるの笑みがあまりにも愛おしく見えて俺の頭は一瞬真っ白になってチカチカして。


「かわいい」


あ、やばい、思わず口に出た、まずい、これは非常にまずい。咄嗟に八重桜こはるから顔を背けて向こうの反応を見ないようにする。


これはまずった。最悪このまま帰宅だ。なんならこのまま帰宅しても構わない。この空気のままいろ、なんて言われたら地獄だぞおい。


「聞こえませんでした」


八重桜こはるも顔をこちらから背けたままそう言った。


あの声で聞こえてないわけがない。

俺は居ても立っても居られなくなって、立ち去りそうになったが、昔居た幼馴染の女子から言われた言葉が思い浮かんだ。


『もっと自分に自信持ちなよ』


くそ、なんだよあいつ。偉そうにあんなこと言ってどっか行きやがって。


中学入る前に転校した幼馴染の女子が残した言葉だ。女子と関わりがないと言ったが小学校の頃は少しあった。小学校の頃は。


「お、思ったこと言っただけだから」


気持ち悪いことは分かってはいるんだけど、俺なんかが言えるセリフじゃないんだけど、可愛いなんて言ってしまった手前、引き返すことは出来ない。


「ばっ、突然何言ってるんですか」


言ったはいいもののそんなもの目を見て言えるはずもなく、俺は横を見ながら言ったのだが、先を行く八重桜こはるの自転車が少しぶらついたのは横目で見えた。


「もう、梅森もう少しで着きますよ」

「お、おん」

「…ばか」


その後に小さい声で何か言ってるような気がしたが俺には聞こえなかったので取り敢えずスルーして。


お店に到着。なんやかんやあってもう10時少しすぎたあたり。

自転車を並べて店の前に停める。


「入るか」

「はい、入りましょう」


そして俺たちは梅森ののれんをくぐった。

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