貴女、正気で言ってるの

「貴女、正気で言ってるの?」

ソネットは冷ややかに受け止めた。

「それって、あの子が大金星を勝ち取ればの話だよね? ご褒美に魔導士がありったけのパワーを注いでアリスを召喚できたとしても、受け入れるだけの体力がない」

「コントローラーを仕留めたあと、母さんが直々に迎えに行けば助かる。王国随一の魔導士だもの」

アデリーヌは得意げに言った。

「翼竜の延命および蘇生は重罪よ。悪用をおそれて厳禁されてる。ありえない」

「特例措置ってものがあるわ。英雄を大事にしない国は滅ぶ」

二人が言い争っていると、氷柱から雷が落ちた。ガウスだ。

「何をやっとるか? 国が滅ぶかどうかの瀬戸際だぞ。コントローラーは仕留めたのか?」

大目玉を食らったアデリーヌはしどろもどろに報告する。

「いいえ。まだ。ですが! それらしき人物を発見しました!!」

語尾を強めてわざとらしく成果をアピールする。

「らしき、じゃない! 確実に始末しろ。御前会議に財務大臣が呼ばれた。王様は近衛師団の不正会計を疑ってる」

ガウスが洞窟の外で起きている大騒動をちらつかせた。

「ですが、まだ確証が。支援をお願い致します。せめて顔の輪郭が解析できれば」

    

アデリーヌが粘り強く交渉する。

「大臣の首が飛ぶかどうかなんだぞ? 文字通り、刎ねられる。国王はカンカンだ。お前とお前の母親と俺の生首が転がるかもしれん」

「だからこそ慎重に。撃ち損じると無駄弾を追及されます」

「もういい!」

ガウスは通信を打ち切った。


激しいやりとりの向こう側でソネットが耳をそばだてている。低い唸り声が氷柱から聞こえる。

それは殺気に満ちた威嚇でなく、柔らかくて優しい響きだった。

「アリスが歌っているの?」、とアデリーヌ。

「いいえ。これは彼女の聴覚よ。30度、オクシデンタル」

ソネットは翼竜を右旋回させるよう促した。

ぐるっと山並みが流れ、雲間に黒いしみのような物が見える。その正体にアデリーヌが気づいた。

「あれは、儀仗兵?! どうして、ここに?」

「アデリーヌの知ってる人なの?」

「学校の式典で何度か。航空騎兵が祝砲を撃つの。女子のなかでもとりわけ優秀な射手が選ばれる」

「じゃあ、関係ないわね。ハチソン教徒は女を信用しないから」

コントローラーであるはずがないのだ。

ソネットは無駄足を踏んだ自分を責めるより先に山岳パーティーを攻めた。ぐん、と視界がぶれて竜の眼がふたたび一行を捉える。

    

すると、荷を担いでいたグループが岩場に腰をかけていた。ベールから覗く目はあどけない。

「まだ子供じゃない!?」

アデリーヌは手綱を引いた。翼竜が急降下して担い手の顔を鮮明にとらえる。

「騙されてハチソン教に誘われたのよ。大勢の母親が帰りを信じてる」

彼女たちを敵に回すと暴動が起きる、とソネットが警告した。

「そうね。コントローラーから遠ざけなきゃ。何か、気を引けないかしら? 閃光弾フレアを撃つとか」

アデリーヌは使えそうな呪文を氷柱にリストアップした。翼竜は空を飛ぶ敵から身を守る手立を山ほど持っている。

「ええ、売るほどあるわ。あたしが準備する間にアリスに拓けた場所を探させて。担い手たちをそこに誘い込んで、標的だけを仕留める」

「わかった!」

アデリーヌは戦姫の本領を発揮した。広い視点で状況を多角的にとらえ、最善策を即断する。

「20メートルほど後方の突き出た岩。そこへ避難するようフレアで脅かす」

ソネットが複雑な呪文を唱え始めた。

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