コントローラー
「バウチャーが渉外担当だとすれば、必ず
ガウス卿はとても虫の居所が悪い。地上部隊の反対を押し切って鳴り物入りで導入したワイバーンが標的を仕損じた。
それは近衛師団のメンツを潰しただけでなく、王国軍の存立が危ぶまれるほどの大失態に発展している。国王は沈黙を守っているがまもなく元老院が緊急招集されるだろう。
ガウスだけでなくアデリーヌたちも詰め腹を切らされるだろう。いや、ヘルガ・ガーシュウィン女将の投獄に及ぶかもしれない。
元老院は膨れ上がる一方の軍予算に厳しいメスを入れる構えだという。
「あなたが余計なことを言うからよ!」
ソネットは理不尽な怒りをアデリーヌにぶつけた。
「じゃあ、何? あの時、黙って庵をぶっ飛ばせば良かった? それって最強?」
言われた方も負けじと前髪を掴む。激しくもみ合ううちにレクレーション施設の扉が外れた。
「あらっ、喧嘩?」
たちまち泥酔客が人垣を作る。それを見て二人は一気に熱が冷めた。
「バカみたい」
ソネットがスカートの砂を払う。
「そうね。敵はベルゼビュート軍だったわ」
アデリーヌも服装を整えた。
氷柱はハチソン教会を再び視野におさめていた。
「アリスは戻ってこれるかしら?」
アデリーヌが翼竜の帰還を心配している。HP(ヒットポイント)とSP(スタミナポイント)を勘案すれば上空待機できる時間は少ない。もしそれらが尽きることになれば、アリスは気絶したまま地面に叩きつけられる。
「ギリギリってとこね、早く折衝者を見つけてちょうだい」
ソネットも気が気でない。アリスはシドニーを失った彼女にとって唯一の家族だ。
庵の周囲にはテントや祭壇がしつらえられ、女の子たちが着飾っている。そしてマクガイヤとバウチャーが二人がかりで大きな包みを家から運び出した。
「あれは何かしら?」
ソネットはアリスに荷物の監視を命じた。翼竜の視点が可視光線から赤外線に切り替わる。
「熱がこもってる。幅広くて平らな植物の断片?」
アデリーヌが映像の意味を読み取ろうと四苦八苦する。
「何かの看板かしら。きっと式場に掲げるのね」
ソネットがその正体に行き当たった。すると、アデリーヌがまたもや「待った」をかけた。
「表面温度の分布がまばらで、文字のように偏ってない。大きな絵のようね」
「わお。それってぜんぜんハチソン教っぽくない」、とソネットが驚く。
ハチソン教は聖俗のバランスを大切にする。精神と物質の程よい調和こそが世界の運不運を調停し、平和と安定をもたらすという。
人生の門出に宗教画をたてまつるなんてもってのほかだ。普通は新郎新婦かその両親のいずれの肖像画を掲げる。
「もしも、もしもよ?! バウチャーが信仰を捨てて還俗していたとしたら?」
アデリーヌはあり得なさそうであり得る可能性に触れた。
彼がもはや司祭でなく、娼婦を娶る俗物の極みであれば、破邪星に祈る意味はなく、ベルゼビュート軍との接点も失われる。つまり、魔王の後ろ盾を持たない小物に成り下がるということだ。
近衛師団の敵ですらない。
まくしたてる元エリートにソネットが釘を刺した。
「アリスの体力は無限じゃないわ。折衝者があらわれる前提で探しましょう」
二人の葛藤をよそに婚礼の宴は着々と準備されていく。女性たちがドレスを広げて踊りを練習し、マクガイヤが料理を運んでいる。バウチャーは祭壇に立ち、朗々と予行演習している。
「コントローラ、コントローラはどこ?」
ソネットは祈る思いでアリスを飛ばし続けた。翼竜は翼竜で翼がちぎれそうになるほど羽ばたいた。
行動範囲の裾野を断崖絶壁からふもとの集落に広げ、「これは」と思った人物や乗り物に接近を繰り返す。アリスの体力は目に見えて衰えていった。
そして、ついに帰還可能な体力を使い果たしてしまった。
「アリス……」
ソネットは辛い結果を覚悟せねばならなくなった。
「どうすればいい、なんて考えたくもない」
アリスがいなくなったら……という前提で物事を推し進めることからソネットは逃げることにした。そうれなければ神経がもたない。
「コントローラをぶっ飛ばしましょう。それがせめての手向けよ」
「手向けだなんて!」
アデリーヌの慰めにソネットが猛反発した。頭ではわかっているものの、その先に待ち受ける喪失感を認めたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます