破戒僧の火遊び
司祭バウチャーの庵は切り立った断崖の頂上にあった。ささくれた板と石を積み上げた粗末な造りで、雨露をしのげるかどうかも疑問だ。
鳥も通わぬ高みに彼が居を構えた動機は宗教上の理由でも厭世観からでもなく、個人的な野心に由来している。
広い世間を俯瞰してみれば、浮世の動きが手玉に取れるというわけだ。バウチャーが篤志家の仮面を被った俗物であることは周知の事実だ。
じっさいに彼は油田のごとく湧き出る金脈を持っており、一切の寄付を募らずに社会福祉を手広く行っている。
歩く産軍複合体という黒いあだ名もある。
その汚れた御殿を正義の眼が監視している。
ソネット=アデリーヌ組のワイバーンは破戒僧の尻尾を掴めと命じられて、一週間近く目を光らせている。
もちろん、四六時中というわけではなく、16時間のインターバルを含む三交代制だ。彼女たちの龍が翼を休ませている間は別のチームが引き継ぐ。
「週三徹夜はお肌に響くのよね」
アデリーヌが
彼女のぼやきなどお構いなしにソネットが仕事に集中している。
「おーおー。絶景かな絶景かな」
氷柱はカーテンごしに蠢く人影をクローズアップしている。
「あなたねぇ」
アデリーヌは小悪魔の品性も可愛さの内だと諦めかけていた。バウチャーの活動ぶりは昼夜を問わず、出入りする女性も絶えることがない。
「ねぇねぇ。すっごくヤバいの。聞いてみる?」
ワイバーンが盗み聞きした会話をソネットが再生しようとする。
「聞きたくない。それより、魔王との接点はつかめたの?」
アデリーヌは録音済み水晶をホムンクルスに手渡した。ちくいち、内容を聞き起こして日報に記さねばならない。眷属の仕事だ。
「司祭が交信するとすれば、破邪星が出ている間よ」
ソネットに教わったところによれば、司祭は悪魔の星に祈りを捧げる形で盗聴を逃れているという。水晶や召喚ゲートを用いた通信は高出力の魔法に妨げられる。
破邪星は災いを司る星だ。呪いの類も含まれる。企みごとを悪意に混ぜて捧げれば、それを抽出したり妨害することはできない。その行為自体が悪意に呑まれる。
「ちょっと待って!」
アデリーヌは変化を見逃さない。もろ肌を脱いだバウチャーと、急所を宝石で申し訳程度に覆った女が庵の外に出てきた。
画面が激しくぶれる。翼竜の視点が泳いでいるのだ。
「ちょっと、ちょっと! だめ、ダメよ! いい娘だから! 今はお預け」
ソネットが慌てて呪文を投げる。
「クゥ……」と満足そうな吐息が洞窟に響く。
「どう、どう! わかってる!! わかってる!! 帰ってきたら気のすむまで、撫でてあげるから!!」
小悪魔はどうにかワイバーンを鎮めたようだ。
「すると、今度の女は遊びじゃないってこと?」
アデリーヌは頬を紅潮させた。年季の入ったバウチャーが生涯の伴侶を欲しがっている話は各方面から伝わっていた。
ただ、それが憶測やガセネタの域を超えたことはなく、ソネットは何度も煮え湯を飲まされたという。
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