第2話 手帳の力
「ちっ………!まさか親の金で通った自動車学校を不登校してやがったとは…………」
気持ちいいほどに反撃の一手が決まり、相手の健常Pは50を超えた。コンボ主体デッキは当然のことだが、コンボを決められなければ勝ち筋がない。俺の「自動車学校不登校」により完成されたコンボを封殺された今、やつに勝ち目はない。
「残念だったな、せっかくコンボを完成させたっていうのに」
ここからの逆転はよっぽどのでかいエピソードがでてこない限りありえないだろう。やつはコンボ完成のためにデッキのほとんどのエピソード枠をコンボカードのサーチに割いているはず。デッキコストを鑑みるに、コストの重いでかいエピソードがでてくるとも思えない。
「俺はターンを終了してるぜ。はやくエピソードを引いたらどうだ?」
「くそっ!俺のターン!ドロー!」
「……………俺は『対人恐怖症が酷い』を発動し、ターンエンド」
「対人恐怖症か、悪くないエピソードではあるが」
(今更、対人恐怖症を持ち出されたところでな)
『イジメに遭っていた』パーツはコンボが完成すると強いが無視できない欠点を抱えている。それは「いじめられる原因がある」ということだ。いじめの標的にされるということは、元からなんらかの身体的・精神的な欠陥を抱えている可能性が高い。つまり「いじめられる原因を推測することができる」。どれだけ強い攻撃であっても、放たれる場所がわかっていれば避けるのは容易であるように、強いエピソードが発動されようとも、ある程度は予測し、回避することができてしまう。
「つまり、お前が今更対人恐怖症なんて発動したところで、俺は『対人恐怖症が原因でイジメに遭っていた』ということを本能的に予測できてしまっているってことだ」
事実、やつの健常Pは4か5くらいしか低下していない。
「チッ…………!」
「俺のターン、ドロー!」
「俺は『Twitterを閉じた次の瞬間Twitterをまた開いてしまう』を発動する」
「そして装備カード『フォロワー2桁台』を装備!これによりほとんどフォロワーがいないのに虚空に向けて一人で呟き続けていることが露見!」
「くそっ………自動車学校に続きTwitterまで」
やつの健常Pは上がり続けている。この調子でいけば次の俺のターンにはやつの健常Pを100にすることができる………
この決闘、もらった!
「俺はこれでターンエンド、さぁ、お前のラストターンだ。最後にはどんなエピソードをみせてくれるんだ?」
「……………………。」
「正直言うと、いじめられっコンボを完成された時は少し驚いたぜ。お前は1ターン目、既に小学生時代から大学生時代までのいじめられエピソードを握っていた。そこで敢えて小学生時代のエピソードだけを発動したのは、いじめられエピソードのメタを『同時発動』によって封殺するためだったんだろう?」
「コンボの速さも去ることながら、プレイングも考えられている。ただいじめられっコンボは欠点も多い。お前にそのデッキは難しすぎる」
──────………………うるせぇ。そんなことは知ってる。
だけど、だけどな。俺にはこれしかねぇ。俺には「学校で虐められていた」というアイデンティティ以外なにもねぇ!
だから俺は、これからもこれ一つで生きていく。これからも、虐められた過去を背負って、生きていかなくちゃいけねえんだよ!!!!
「いじめられっ子、なめてんじゃねぇぇええ!!俺のターン!!!!!!ドロー!!!」
「………………ははっ」
「…?」
「………………はははっ、はははは!」
(なんだ…………?)
「あーはっはっはっは!きた!きたぜ!!!俺のデッキの最強エピソード!この状況を打開する、唯一のエピソードがよぉお!」
この状況を打開だと………!?
「俺は手札から『いじめられっ子の系譜』を発動!この効果で、デッキから『イジメに遭っていた』と名のつくエピソードを手札に加えることができる!」
「『イジメに遭っていた』だと…?小学生時代から大学時代までのエピソードは出揃っている。今更完成したコンボをもう一度発動したところで………」
「誰がいじめられっコンボが完成してるなんて言った?」
「!?お、お前………………まさか!?」
「そうさ!その“まさか”だよぉお!!!俺はぁああああああ!!!!!」
「デッキから
『 大 学 院 生 時 代 は イ ジ メ
に 遭 っ て い た 』
のエピソードを手札に加え、発動する!!!」
「!ば、ばかな!?大学院生時代だと!!」
「さらに!装備エピソード『大学院中退』を装備!さぁ現れろ!俺のいじめられっ子としての最終形態、いじめられっ子の到達点!これが俺の真の姿…!」
「いじめられっ子の…………王…………」
ものすごい重圧を感じる。小学生から大学生まで、15年間もの間いじめられ続けてきた者だけが扱える気迫。そして慟哭が、鮮明に聞こえてくる。
大学院生時代にいじめられる、それがどれだけ日常とかけ離れた出来事であろう。どれだけの咎を背負えば、大学院生になっていじめられ続けることができるのだろう。
「あっひゃっひゃっひゃ!!!見ろ!俺の健常Pは0に!そしてお前の健常Pはぁ!!!」
俺の健常Pは一気に70まで跳ね上がっている。このままだと俺はやつの非-健常に……飲まれる!
「俺はこれでターンエンドだぁ…!さぁここからどうする!どう逆転する!もう反撃の手段なんて残されていないだろうがなぁ!!!」
「くっ!」
やつの言う通り、俺の手札にいじめられっコンボを凌駕するエピソードはない。だが………
あのエピソード
あのエピソードさえ、引くことができたら
デッキに手を重ね、目を閉じる。そしてこれまでの非健常人として過ごしてきた全ての人生を振り返る。
大丈夫、俺なら。
俺なら、引くことができる。
「俺のターン」
ドロー
「今更何を引いたって無駄ダァ!俺の勝ちはゆるがな………………………え」
「な、なんだ…………?俺の健常Pが、俺の健常Pがどんどん上がっていく!」
「い、いったいなにをして……………!!!その、エピソードは………………!」
「言ったよな!お前のラストターンだって!俺が発動したエピソードは!」
『 精 神 障 害 者 保 健 福 祉 手 帳 1 級 』
「いっ、いっきゅうだとぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
「そして俺は、俺自信を発動する!俺は『健常街出身』だ!」
「ば、ばかな!1級の精神障害で、健常街でまともに生きていけるはずが!」
「わかってねぇな。俺は『
「ッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺のエピソードをまともにくらい、健常Pが100に達する。
「俺の勝ちだ。どうやら非-健常なのは俺だったようだな。」
憂☆鬱☆王 星空ゆめ @hoshizorayume
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