憂☆鬱☆王

星空ゆめ

第1話 その男、手帳持ち



「この町で暮らすには?お前、どこの出身だ………あぁそれなら辞めたほうがいいぜ。この街じゃ、お前がこれまで当たり前だと思っていた、常識や価値観なんてものは一切通用しない。一日もしない内に嫌気がさしてお家に帰ることになるだろうぜ」

 目の前の男はそう言って立ち去ろうとする。やれやれ、俺は市役所の場所を知りたかっただけなんだが。まぁ教えてほしけりゃ、コレで語れってことかね。

「ちょっと待ちな」

 すかさず俺はコレを取り出す。

「…!お前………!そうか、お前も『手帳持ち』か」

「あんたも持ってんだろ?出したらどうだ」

 手帳を見せ合う、それ意味するところは──

「…そうか、健常街の人間だと思って甘く見ていたが、どうやらここのルールくらいは知ってるようだな」

「いいぜ、やってやるよ、決闘(デュエル)をな!」

 そう言うと男は懐から手帳を取り出す。お互いの手帳を見せ合う、それは決闘の合図。

「悪いが、よそもん相手でも手加減なしで行かせてもらうぜ!」

「そんなもん、はなっから期待してねえよ!」

「「決闘!!」」


「手加減しねえって言ったからな!先攻は俺がもらうぜ!俺のターン!俺は手札から『小学生時代はイジメに遭っていた』を発動!」


 ──忘れもしねぇ、あれは小学2年生の頃。学芸会の予行演習中、俺はどうしてもトイレに行きたくて仕方がなかった。しかし、その時俺は我慢した。俺の出番まであと数分、トイレまではどれだけ走っても往復10分弱はかかる。俺一人のトイレにクラスメイト全員を付き合わせるわけにはいかねぇ、そう思っての判断だった。ところがソレは最悪のタイミングで訪れた!ステージ上、桃太郎に倒された鬼役の俺が、許しを乞うているその場面で………………俺の膀胱は決壊した!

 必死になって謝りながら小便を垂れる俺の姿はさぞかし惨めだったろうよ。その日からだよ、俺のあだ名が『漏らし鬼』になったのは………。


「まずはこれでターンエンド、へへっ、さぁ見せてみろよ、お前の手帳の力をよ!」


 『小学生時代はイジメに遭っていた』なるほど、良いエピソードだ。小学生時代のイジメエピソードから始動することで、中学生、高校生と次の展開に繋げやすい。高校生時代にイジメられていた事実を発動した後に、小学生時代のソレを発動しても威力は小さい。口だけの奴かと思ったが、案外考えているようだな。

「おいおい、まさか小学生時代にイジメに遭ってたってただけで降参はねぇよなぁ?それとも健常街出身のお坊ちゃんはイジメに遭ってたくらいで怖気付くお利口さんなのかな〜?」

「弱いやつほどよく吼える。俺のターン、ドロー!」

「俺は『不登校』を発動する!」

「なっ…!」

「どうやら気づいたようだな」

「なるほどな、俺の『小学生時代にイジメに遭っていた』というエピソードより強い『不登校』というエピソードを『どの時代に』過ごしたということを隠して発動したわけだ」

「そうだ、お前は小学生時代から中学、高校とエピソードをコンボしていく気だろうが、俺が『不登校』というエピソードを立てている以上、お前の

“俺が『不登校』を経験した時代に比べて若い時代に経験した弱いエピソード”は全て『不登校』によって封殺される」

「例えお前が『中学生時代にイジメに遭って』いたとしても、俺が『中学生時代に不登校を経験して』いたら、お前のイジメに遭っていた効力は無効化するってことさ」

 そう、コンボデッキに対しては上から抑え込んでやればいい。そうすれば相手も簡単にコンボパーツを場に出せない。

「俺はこれでターンエンド、さぁお前のターンだ」


「くくっ、なるほどなぁ。いやいやよく考えられてるよ。正直甘く見ていた。でもなぁ………俺のターン、ドロー!……俺の手札に、既にパーツが揃っていると言ったら!!!」

「なっ!?」

ま、まさか

「そうだよ!そのまさかだ!」

「俺は『中学生時代はイジメに遭っていた』『高校生時代はイジメに遭っていた』『大学生時代はイジメに遭っていた』を『同時発動』!!!」

「ど、『同時発動』だと…!」

 同時発動、存在は知っていたが、まさか本当に使えるやつがいたとは。

「同時発動を見るのは初めてか?だったら教えてやる」

「同時発動は、特定のエピソードが手札にある時に可能な特別な発動方法だ。発動条件が難しい分、発動されたエピソードの威力は、1枚ずつエピソードを発動した時と比べて数段上がっている」

 たしかに、1枚ずつ発動されていたらそれほど効かなかったであろうイジメエピソードが、同時に中学から大学まで駆け上がることで一層の悲哀と憂鬱さを醸し出している。

「まさか大学生時代までイジメられていたとはな」

 正直、コンボが続くのは高校生までかと思っていた。大学生にもなってイジメられるやつは、そうそういない。

「くっくっ、俺をそこらへんのいじめられっ子と一緒に見てると痛い目に遭うってことよ」


 ──一度定着した『漏らし鬼』のイメージは簡単に消えてはくれなかった。小学生どころか、果ては中学が終わるまで、俺は『漏らし鬼』とともに生きた。そんな俺も、高校では変わると思った。高校は敢えて小中の同級生がいない高校を選んだ。もうここでは『漏らし鬼』を知っているやつは誰もいない。ここから俺はいじめられっ子でなくなると思い込んでいた。………しかし現実は非情だった。小中とお漏らしの緊張とストレスと戦い続けた俺は、いつしか極度の緊張を覚えると尿意を我慢できなくなっていた。その結果やらかしたのが、“初めの挨拶でのお漏らし”。放尿で自己紹介をしたという俺の噂は瞬く間に校内中を駆け回り、俺のあだ名は3年間『お漏らしくん』で固定することになる………。

 この経験が決定的となり、俺は対人恐怖症を発症、大学では極力人目を避け、日陰で行動するように努めたが、それが裏目にでて、陽キャ集団からのイジメを受けることになる…


「くっくっ、俺のエピソードは効くだろう?そして自分の『健常ポイント』も確認しておくことだなぁ?」

「くっ」

「俺の非-健常エピソードをくらったことで、お前の健常P(ポイント)が相対的に上昇してるぜ〜?」

 今の俺の健常Pは70、健常Pが100まで上がると、俺は健常者扱いされ、この決闘に敗北してしまう。

「俺はこれでターンエンド、さぁ、俺のいじめられっコンボをどう切り抜ける!」


「……………」

「おいおい…まさか打開策無しかぁ!?いじめられっ子一人にも勝てねえとは、情けねぇなぁおい!」

「……………ぷっ」

「あぁ?」

「…………ぷっはっはっはっは!」

「なに笑ってやがる!勝てないと分かっておかしくなっちまったか!?」

「いや、まさかこんな簡単に罠に嵌ってくれるなんてな」

「なに!?俺が罠にかかっただと!?」

「負け惜しみも大概にしろ!俺の『いじめられっコンボ』は完璧だ!今更お前がなにをしようが、いつ不登校になろうがそんな………………いつ、不登校…?」

「やっと気がついたか、そうさ、俺がいつ“中学や高校で不登校になった”と言った?」

「お、お前………まさか!」

「そうさ!俺のターン、ドロー!そしてこの瞬間、フィールド上の『不登校』の真の名が明かされる!俺が不登校になったのは……………!!!」


『 自 動 車 学 校 不 登 校 』


「じ、自動車学校不登校だと〜〜〜〜〜!!!」

「ば、ばかな!あり得ない!自動車学校だぞ!自動車学校を不登校なんて!」

「『自動車学校不登校』の発動によって俺の健常Pは0にまで引き下げられる」

「くそっ………!まさか、自動車学校を不登校していやがったなんて………」

 そう、これが俺の狙い。小学生時代のエピソードに対して、『不登校』の発動はどう見てもコンボ阻害にしか映らない。しかし俺が真に不登校だったのは自動車学校、相手がコンボを完成させたタイミングで相手の意表を突くことで、俺の自動車学校不登校というエピソードの威力は最大化される。

「そして今引いた『親の金』を装備する!」

「俺は親に30万出してもらって通った自動車学校をただめんどくさいからというだけの理由で3日で不登校になった」

「なっ!親の金にも関わらず!」

「しかも親は年金暮らしだ」

「くっ!」

 相対的に相手の健常Pが上昇していく。

「さぁ!決闘はここからだぜ!」

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