SE3 路上ライブ

 二人並んで、改札を抜ける。さくらは今年大学に入学したばかりらしい。

 奇しくも湊音の出身大学の後輩だった。


「あのハゲ教授の授業、四年経っても楽単か」

「楽単?」

「あー、授業でてるだけでもらえる単位ってこと」

「勉強になります」


 湊音はコンビニで買ったビールを片手に、さくらはパックのミルクティーを片手に、共通の話題で盛り上がる。

 ベンチに腰かけて十数分、夕日が落ち切って街頭ライトの光が目立ち始めた頃、さくらが湊音の肩をつんつんとつついた。


「湊音さん。あれなんですか」


 小さなステージにギターやベース、カホンが並べられていく。

 その光景を見て、湊音の頬が緩んだ。


「路上ライブだな」

「ここでライブするんですね。アイドルでも見たことがあります」


 簡易的にセッティングされたステージを照らす街頭は、まるでスポットライトだ。四人の男女が立っている。

 センターに立つのは、凛とした印象の女の子。時折、長い黒髪を風がさらった。切れ長の目が落ち着いた印象を与えるが、顔立ちは少し幼い。さくらと同じ大学生だろうか。


「珍しいな」


 あー、あーとマイクに声をあてる。音量をチェックするボーカルが肩からさげた楽器を見て、湊音は顎に手をあてた。首を傾げるさくらに説明する。


「ベースボーカルって久しぶりに見たなと思って」


 ギターを弾きながら歌うボーカルは多いが、ベースを弾きながら歌うボーカルは少ない。


 ベースはバンドの屋台骨だ。もちろん低音で曲の土台を固めるという意味もあるが、それ以上にリズムの要というのが適切だろう。

 ベースのリズム感はボーカルやギターのリズム感と異なり、横乗りのリズムと呼ばれる。ギターの弾き語りも初心者は難しいと言うが、その比ではない。


「詳しいんですね」

「ちょっとだけな」


 カホンがカウントを数える。


 がつんと頭を殴られたような衝撃だった。

 まるで心臓を掴まれるような歌詞とメロディー。


 メタルでもラウドでもない。

 逆だ。少しジャズ感のあるバラードだ。決して激しい曲ではないし、音圧が強いわけでもないが、全身が揺さぶられる。足の先から頭に向かって、鳥肌が立った。

 学生のアマチュアバンドだろう。てんでバラバラの演奏だが、ベースの技術だけ別格だ。


「お前らまたやってんのか!!」


 現実に戻したのは、男の怒鳴り声だ。警備員が走ってくる。慌てた様子のバンドマンたちは機材を抱えて走り出した。逃げられた警備員は地団太を踏む。


 その様子を見ている間も、まだ湊音は夢見心地だった。歌詞とメロディーが一言一句刻み込まれたように、じくじくと胸を抉る。


 曲の熱を掻き消したかった。このままでは平々凡々な人生に満足できなくなる。そんな衝動を起こさせる真っ直ぐな歌に、わずかでも心を揺さぶられてしまったのだから。


「あいつら無許可だったのかよ。さくらは真似すんなよ」


 おどけた口調で言った湊音だが、内心は焦っていた。


「さくら?」


 救いを求めるように投げた言葉に、返事はない。

 彼女は一点を見つめている。視線の先には、もぬけの殻になったステージだ。


「さっきの曲、景色が見えました」


 まあるい瞳は夜景が反射して、スポットライトのように輝いていた。

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