その後18 闘技会⑤

響き渡るルエンくんの大声に、帰ろうとしてた人たちも足を止める。なんだなんだ。

ルエンくん、どうしちゃったんだろう…。

打ちどころが悪かったのかな…。頭は打ってないと思うんだけど…。負けに納得いってないのかな…。


とかなんとか思ってたら、ルエンくんがビシッと指を差した。

天幕に向かって。

あそこにいるのは…。


「アシオ教官!この場を借りて、勝負を申し込みます!」


ルエンくんの挑戦状に会場は静まり返ったと思いきや、応援の学生さんの席からワッと歓声が上がった。


「ルエン、行け!」

「教官を越えろ!」

「何をひとりで面白いことやってんだ!」


盛り上がる学生さんとは裏腹に、先生のうちのひとりがルエンくんを舞台上から引きずり降ろそうとしてる。別の先生が、副隊長さんとかが座ってる席で頭を下げてる。


あらら…。ルエンくん…。

ルエンくん、おっちゃんと戦いたいんだ。でも、この場では無理があったんじゃ。


観覧席で副隊長さんとか他の隊長さんが話してるのが見えた。怒ってる感じには見えなくて、にこやかな感じだった。お偉いさんがああいう反応だから、ルエンくんはあまり叱られずに済むかな?

あ、でも、『隊の規律を乱しそうだ』なんて感じでブラックリストに載ったらどうしよう。そのせいでどの隊にも入れないとか…まさかね。考えすぎだよね。


ルエンくんの将来にソワソワしてる俺をヨソに、先生たちは何か話してる。

そんで、出た結論は。


「静粛に!特別に試合を許可する!」


先生の宣言に、会場がものすごい盛り上がり。天幕のとこにいるおっちゃんを見ると、頭を手に当てて溜め息吐いてるように見えた。


でも、俺、ワクワクする。おっちゃんが戦うのが見れる!


「おお、前代未聞だな」


事情通の人の声も弾んでた。教官と学生が戦うのは、とびきり珍しいことなんだ。


決勝戦で負けたルエンくん。まだダメージあるだろうけど、堂々と剣を携えて再登場。そして、対するおっちゃんは。

両手に剣を持ってた。少し短めの剣。

おっちゃんはそれを胸の前でブンって振りかざして構えた。

おおー!かっこいいー!


試合が始まった。


攻めるルエンくん。

試合を重ねたのもあるし、負けたのもあるし、動きに機敏さが欠ける。おっちゃんはルエンくんの剣を受け流し、余裕あるように見える。素人目でいろいろ思いながら、ルエンくんには悪いけどおっちゃんを応援する。


これはおっちゃんが余裕で勝っちゃいそうだ…。

と、思ったその時。

ルエンくんの振りかざした一撃が、おっちゃんの脇腹にヒット。


お、おっちゃん…!!


って心配したのもつかの間。おっちゃんはびくともせずに、次の動作でルエンくんにドコシャーって剣を打ち込んだ。そんでルエンくんは舞台の端まで転がってそのままべちゃって落っこちてしまった。


ルエンくん…。


「勝負あり!」


審判の宣言に、会場はワーワー湧く。おっちゃん、強い。ルエンくん生きてるかな…?

心配になったけど、舞台の下で脇を抱えられながら歩いていくルエンくんを見てちょっと安心。生きてた。


堂々と舞台を下りるおっちゃんに拍手を送る。おっちゃん、強いなあ。スゴイなあ。


ほーっとなりつつ、席を立って待ち合わせ場所に向かう。ちょっぴり迷子になって辿り着いた医務室。

ドアを開けると、そこにはルエンくん。ちょうど手当てを受け終わったところのようで、服を整えていた。


「ルエンくん、無事?大丈夫?」


そう聞くと、ルエンくんは情けなさそうに少しだけ笑った。


「イズルくん…ごめん。もう少しカッコいいところを見せる予定だったんだけど」


おっちゃんとの戦いが強烈すぎたけど、ルエンくんは決勝まで戦ったんだ。


「優勝できなくて残念だったね」


ルエンくんは残念そうに溜め息。


「うん。優勝はもしかしたらって思ったけど、やっぱ努力の差が出たかな。アイツはオレと違って、入学当初からすごい努力家だったからさ…」


そこまでしみじみと語ったけど、今度は急におどけるような声。


「ていうか、教官ってあんなに強かったんだ。もう少し何とかなるもんだと思ってた」


なんともならなかったね…って感想はさすがに言えないので、代わりに質問。


「なんでおっちゃんに戦いを挑んだの?」


そう聞くと、ルエンくんは照れ臭そうに微笑んだ。


「乗り越える目標っていうか。イズルくんを守る男になるためには、教官越えしないと認めてくれないと思って」


ルエンくんがそんなカッコいいセリフを決めるや否や、医務室のドアがすごい勢いで開いた。


「誰が認めるか、この野郎!手当てが終わったんなら、さっさと出てけ!」


おっちゃんが登場。ルエンくんの頭をめりめりさせて、そんで廊下にぺいって投げ捨てた。いいのかな。大丈夫かな。大丈夫だよね。


「さて、帰るか。先生、坊主を預かってくれてありがとう」


おっちゃんの手をぎゅっと握って帰る準備。

だけど。


「アシオ教官、さっきの試合見てましたよ。脇腹診せてください。」


おっちゃんはフンと鼻息。


「平気だ」


先生も引かない。


「ダメです。座ってください」


おっちゃんは溜め息吐いて、しぶしぶ椅子に座る。そんで、服をめくると、ルエンくんが当てた一撃のとこが紫色になってた。ひゃー!


「いたい?いたい?」


紫になってて、ものすごく痛そう。おっちゃんの周りをウロウロしてまじまじじろじろ。どうしようって慌ててしまう。

けど、おっちゃんは笑ってる。


「別に、痛くないさ」


先生が患部を診て、なんやかんや薬を塗って。


「お風呂上りに、この軟膏を塗っておいてください。イズルくん、教官がちゃんと薬を塗るか見ててね」


任務を与えられた。これはしっかり完遂せねば。先生に向かって、俺はコクリと頷いた。


おっちゃんの手当ても終わり、今度こそ手を繋いで帰る。ほっとする。今日はいろいろあったけど…。


「おっちゃん、強いね。おっちゃんがいると、安心だね」


俺がそう言うと、おっちゃんは繋いでる手をにぎにぎした。


「そうだな」


おっちゃん、嬉しそうに笑ってた。

だから俺もつられて笑顔。今日はとってもいい日だったな。

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