その後17 おんぶ
ある休日の朝。
「今日は天気がいいから、遠くの公園まで行ってみようか」
朝ご飯のパンをモゴモゴ食べてるとき。おっちゃんがそう言った。
「俺の行ったことないとこ?」
ワクワクしながら聞き返すと、おっちゃんはニヤニヤして頷いた。おっちゃん、楽しそうだ。俺ももっとワクワクしてきた。行ったことない場所がまだまだたくさんある。
おでかけの準備をして、さあ出発。
まだちょっとしか歩いてないのに、おっちゃんがつないだ手をぐいっと引っ張って合図した。
「疲れたら言えよ。おんぶしてやるから」
おっちゃんは冗談半分にそんなことを言う。
「大丈夫だよ。靴もバッチリピッタリだし。どこまでも歩くよ」
つないだ手をぶんぶん振って元気に歩く。初めて歩く道で、初めて見るお店もたくさんあった。
「あれは何の店?本の中のお話に出てきそうだね」
「あっちは?あれはお菓子なの?お菓子の店なの?」
「あれは?あの銅像は誰?何で大通りの真ん中にあるの?」
公園へ向かう途中の道で、俺はやいのやいの騒がしくした。初めて見る店のことも、誰だか分からない銅像のことも、おっちゃんは全部教えてくれた。
「あれは年代物の家具や調度品なんかを売ってる店だ。古くて、価値のあるものだな」
「市場で見るのとは少し違うけど、あれはお菓子の店だ。誕生日なんかのお祝いの日は、ああいう店で買うんだ」
「あの銅像は、偉い騎士だ。ずっと昔、この国の危機を救った英雄なんだ」
俺の知らないことまだまだたくさんあるなあ。
そう思っていろいろ質問しながら歩いていると、だんだん街並みが変わってきた。いつもの庶民的な雰囲気から、裕福なニオイがする街並みに。でも、隊長さんのお屋敷がある通りとも少し違う雰囲気。あそこよりは、こっちのほうがまだ親しみやすい。
とは言っても、たどりついた目的地の公園は、いつもの公園よりも洗練された雰囲気を感じた。置かれてるベンチとか。時計台とか。芝生とか。噴水とか。いつもの公園とちょっと違う。それにここには、いつもの公園にある求人の掲示板も無かった。
「すごいね。公園だけど、ここではお行儀よくしなきゃいけないね」
「そんなかしこまらなくても大丈夫だ。坊主はいつも行儀がいい」
おっちゃんが俺の頭をわしゃわしゃなでる。
「ちょっと待ってろ。あっちで飲み物を買ってくるからな。知らない人についていくなよ」
ベンチから少し離れたところに、こ飲み物のスタンドがあった。スタンドに近づいていくおっちゃんの背中を見る。何を買ってきてくれるのかな。ココアかな。ココアがいいな。
そうやっておっちゃんの様子を見てたけど、不意に視界が遮られた。ベンチに座る俺の前に、夫婦とおぼしき男の人と女の人。お金持ちな雰囲気。
なんだろうな。ぽけーっと見上げると、ふたりともニッコリ笑った。
「こんにちは。ぼうや、ひとりなの?お父さんかお母さんは?」
はっ、なるほど。俺がひとりだから心配して声をかけてくれたんだな。
「こんにちは。今、飲み物買いに行ってるから、ひとりで待ってるんです」
お父さんじゃなくて、おっちゃんだけど…。そのへんは省略する。
「えらいわねえ」
褒められてしまった。そんなに小さな子供に見えるのだろうか…俺は。
年齢聞かれて、14って答えたら驚かれた。もっと幼く見えるらしい。どこの学校って聞かれて、郵便局で働いてるって答えたら、少しだけ不憫そうな目をされた。勉強は得意じゃないし、働くの楽しいからって付け足した。
そんな会話をしてたら、旦那さんと奥さんの向こうにおっちゃんが見えた。
「坊主、待たせた。知り合いか?」
おっちゃんの声。その声に、夫婦は振り返った。
そこで。
さっきまでの和やかな空気が、急に変わった。
旦那さんの声が、すごく怖い声になった。
おっちゃんは持っていた飲み物を落としてしまった。俺のココアが地面に広がる。
「なんでお前のようなやつがまだこの街にいるんだ」
旦那さんが奥さんを庇うように立ちはだかった。俺は事態を飲み込めない。だけど、すぐに。もしかして、って。
思い出した。おっちゃんが、騎士でいられなくなった理由を。
旦那さんはおっちゃんを汚い物を見るような目で見た。そして、汚い言葉でおっちゃんを罵った。
おっちゃんは動かない。俺もベンチから動けない。心臓が凍っちゃったみたいだ。
おっちゃんの傍に行って、おっちゃんを守らなきゃって思うけど、足が動かない。
どうしようどうにかしなきゃって俺が思ってると、奥さんが旦那さんの腕を引っ張った。
「ねえ、もう行きましょう。関わりたくないわ」
さっきまで優しかった夫婦なのに、旦那さんはすごく怒ってるし奥さんはすごくビクビクしてる。全く別人のような雰囲気で、旦那さんは奥さんを守るように足早に立ち去った。
後ろ姿が完全に見えなくなってから、やっと俺の足は動いた。
「おっちゃん、帰ろ」
おっちゃんに近づいて、おっちゃんの手を握る。おっちゃんは「そうだな」って、小さく頷いた。
手を繋いで歩く帰り道。
来るときはワクワクしてたのに。銅像もお菓子の店もナニモノか分からない店も、全部どうでもよくなっちゃった。
俺はおっちゃんを庇えなかった。おっちゃんは何も悪いことしてないのに。悪いのは、あの奥さんなのに。
…だけど。あの奥さん、ひとりでいる俺を気にして声をかけてくれたんだよな。めちゃくちゃ悪い人じゃないんだ。
なんだか、ヘンなの。
ものすごい悪い人ならよかったのに。そしたら俺は、あの人たちを知ってる限りの悪い言葉使って責めるのに。
「ねえ、おっちゃん。あれは、おっちゃんが騎士を辞めるきっかけになった貴族の夫婦?」
「…そうだ。あの奥さん、旦那にちゃんと愛されてるみたいだったな」
旦那さんに愛されてるのに、どうしておっちゃんにちょっかいかけるような真似したんだろ。
大人にはいろいろあるのかもしれないけどさ…。そのせいでおっちゃんは無実の罪で騎士を辞めることになっちゃった。
悲しくなって、俺の足は重い。
「おっちゃん、おんぶして」
「疲れたのか?ほら」
おっちゃんの広い背中におぶさる。くっついてるとこがあったかい。歩くリズムが心地いい。悲しいのとかやりきれないのとか、だんだん小さくなっていく。すごくすごく安心する。
「おっちゃん、あのさ…」
「ん?どうした」
「いいこと教えてあげる。おんぶってすごいよ。おんぶしてもらったら、なんか、すごい安心するよ」
おっちゃんが酷いこと言われて、俺も傷ついてしまった。おんぶは、その傷口を癒す効果がある。
「だから、俺がもう少し成長したら、おっちゃんをおんぶしてあげるね」
おっちゃんをおんぶするなんて想像すると可笑しい画だとは思うけど、俺はそれしか言えなくて真面目に言った。だけど、おっちゃんの返事は。
「ぷっ、くははは…!」
おっちゃん、吹き出して笑いだす。背中も揺れる。俺は真面目に言ったのにって抗議の気持ちで、ぐーでおっちゃんの肩をぽこぽこ叩いた。
「すまん。笑って悪かった。…おんぶはしてもらわなくて大丈夫だ。坊主は知らんだろうけど、おんぶしてるほうも落ち着くし、安心するんだ」
おっちゃんの背中から、身を乗り出しておっちゃんの顔を見る。
「そうなの?」
「ああ、坊主をおんぶしてると、安心する」
おっちゃんはおいしょと背負いなおして、家に着くまでずっとおんぶを続けてくれた。
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