その後15 ハンカチ

「お先でーす!」


郵便局の仕事が終わったあと、街をうーろうろ…しようかなと思ったけど、今日はちょっと疲れてる。今日は遠い街からたくさんの手紙が届いて、それを仕分けするのが大変だった。


「今日はまっすぐ帰ろうかな」


散歩しないどこうかなと独り言を言ったつもりだった。そしたら。


「そうか?では送っていこう」


後ろから声が聞こえてびっくり。ひえっ。この声は隊長さん。

振り向くと、やっぱり隊長さん。いつもの白いコートをキッチリ着てる隊長さんがそこにいた。


「…ひとりで帰れるので大丈夫です。見回り頑張ってください」


隊長さんは良い人だけどヘンな人なので、近づきすぎるのはよくない。おっちゃんにも気を付けろって言われてる。


「気にしなくていい。これも任務だから」


ウソのニオイがプンプンする。このへんは見回りの地区じゃないんでしょ。知ってるんだから…。だけど、嘘吐き呼ばわりするのは心苦しいので、俺は大人の対応を心がける。


「パン屋さん行かなきゃいけないから…時間かかるから…だから送ってくれなくていいです」


遠回しにお断り申し上げたけど、隊長さんはフムと頷いて言ってのけた。


「そうか、どこの店だ?一緒に行こう」


話が通じないよ。困ったな。どうしよう。そんな気持ちでまごまごしてたら、隊長さんが眉をピクリと動かした。


「どうした?決めてる店がないなら、私が気に入ってる店を紹介してあげようか?」


ひえっ。隊長さんが薦める店なんて、きっとお金持ちの店だ。そんなとこでパン買えないよ。俺の行きつけパン屋さんに隊長さんを連れていくしかないのか。しゃーないな…。

隊長さんの申し出を「紹介は結構です」とキッチリカッチリ断って、俺はいつものパン屋さんへ足を向けた。


「ふむ…。この店か」と言い、中にまで入ってくる隊長さん。外で待ってていいのに。

パン屋のお兄さんも驚いてた。「騎士様と知り合いなの?」って。俺は曖昧に頷くことしかできない。知り合いというか、若干つけまわされてるとは言えない。

お兄さんに「いつものください」って頼むと、隊長さんは品定めするようにお兄さんをじろじろ。ちょっと、止めてほしいんだけど…。


その気持ちが通じたのか、隊長さんはお兄さんをじろじろするの止めた。かと思えば、今度はパンを袋に詰めてもらってる間、隊長さんは陳列されてるパンを厳しい目つきで眺めていた。


そして、店を出た後。


「いい店のようだな。清潔だし、いい小麦を使っているようだ」


きっと隊長さんはいろいろな知識があるんだろう。原料の小麦まで分かるんだ。お兄さんには不審がられたと思うけど、行きつけのお店が褒められると嬉しい。

褒められて気分が良くなった俺は、帰り道に隊長さんとお喋りした。郵便局のことが主な話。おっちゃんのことと俺の趣味である散歩と図書館のことは控えめに。

褒められたけど油断してはいけないのだ。プライベートなことはちょこっと隠す。


そんなこんなで歩いてたら、もうすぐアパートに着く。


「ここまでで大丈夫です」


隊長さんも仕事あるだろうし、家の前まで送ってもらわなくて大丈夫だ。俺がぺこりとお辞儀をすると、隊長さんも仕方がないと思ったのだろうか。


「では、気を付けて」


そう言って、白いコートをひらり。なんだかんだ言って、顔も白いコートも後ろ姿も隊長さんはカッコイイんだよな。ヘンな人だけどね。


さて、帰ろうか。パン食べて新聞読んで、あ、その前に掃除しなきゃな。とか思ってぼんやりと家のほう見て歩いてたら、物陰から急に猫が飛び出してきた。


「うわっ!」


俺はビックリして後ろに仰け反って、バランス崩してそのまま手をついて尻もち。

あいたたた。またこけちゃったな。パンの袋、落としちゃった。味は変わらないから大丈夫か。よいせと立ち上がろうとした、が、その前に。


「大丈夫か!?」


帰ったはずの隊長さんが姿を現してまたまたビックリ。見られてたのか…。こけたの見られるの恥ずかしい。


「大丈夫です」


恥ずかしさを隠すように自分でちゃんと立ち上がって、手のひらをズボンでぺしぺし拭いた。


「だめだ。手を見せるんだ。…右手をすりむいてる」


隊長さんは胸ポケットから真っ白なハンカチを取り出して、俺の手に当てたかと思うと器用にくるくる巻いた。


「ありがとうございます…」


「構わない」


隊長さんはコートを翻して、今度こそ本当に立ち去った。いいとこあるな、隊長さん。ヘンな人だけど…。



手に巻かれたハンカチ。

きっちり巻かれてて、全然外れない。おっちゃんが帰って来るまで、そのままにしといた。

夕方、帰って来たおっちゃんは、ただいまを言う前に俺の手に気付いた。


「どうしたんだ?その手」


かくかくしかじか。隊長さんが家まで送ってくれて、その時俺がこけて、隊長さんが巻いてくれた。


「痛いか?」


「ううん。痛くないよ。どうなってるかな。外してみて?」


巻いてたハンカチをおっちゃんに外してもらう。おっちゃんは俺の手を取って、手のひら手の甲をくるくる確認。


「大丈夫そうだな」


「よかった!」


テーブルの上にポイと置かれたハンカチ。手に巻いてたから、くしゃくしゃになっちゃった。


「これ、返しに行かなきゃいけないよね」


「そうだな。ハンカチ一枚といえど、貴族の持ち物だからな。今度一緒に行こうか?」


おっちゃんの申し出は嬉しい。だけど。


「ううん。ひとりで行けるよ。お屋敷知ってるし、使用人さんに預けるから大丈夫だよ」


おっちゃんは心配そうにしてたけど、俺は自分でできると思う。隊長さんはヘンな人だけど、悪い人じゃないから。


ハンカチは他の洗濯物と一緒に洗濯屋さんに持って行った。


「イズルちゃん、高級なハンカチがあったからおばちゃんビックリしちゃった。これでもかっていうほど、綺麗にアイロンあてといたからね」


洗濯屋さんは普通はアイロンまでしてくれないけど、隊長さんのハンカチはアイロンあてたい気持ちになるようなハンカチだったみたい。スゴイ。

ぴしっとアイロンあてられて、ぴしっと畳まれたハンカチ。

俺の仕事の休みの日、ハンカチを返しに行く。朝早いかなと思ったけど、おっちゃんが仕事行くのと同じ時間に家を出た。


手を繋いで、朝の町を歩く。途中、大通りに出たとこで、おっちゃんはお仕事へ。俺はお屋敷へ。


「本当にひとりで行けるか?」


「うん。大丈夫だよ」


おっちゃんがまだまだ心配そうにするので、手をにぎにぎしてあげる。

すると、おっちゃんは「気を付けてな」って、俺の頭をわしゃわしゃしてくれた。俺はおっちゃんの脇腹をこちょこちょした。全然くすぐったくないみたい。おっちゃん、強い。


そんなこんなでおっちゃんとはお別れして、隊長さんのお屋敷へ向かう。隊長さんは仕事だよね、きっと。だから使用人さんに預けてササッと帰ろう。

てくてく歩いてやってきたお金持ちの地区。副隊長さんのお屋敷を通り過ぎて、ようし、ここが隊長さんのお屋敷だ。


…。そうだ。配達に来たときに困ったんだけど、そうなんだ。この門を開けて中に入ってもいいのかな?うーん。どうしよう。副隊長さんはずいずい入って行ってたから、いいのかな。


そんな感じで悩んでいると、庭を横切る人影が見えた。俺は思い切って呼んでみた。


「す、す、すみません!」


その人は俺に気付いてくれて、こっちに来てくれた。近くで見ると、知ってる人だった。この前、お泊りのために来た時に出迎えてくれた使用人さんだ。

使用人さんはビックリしたみたいに目をパチパチして、その後ものすごい笑顔。


「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。どうぞ」


そう言って門を開けてくれたけど、俺は中に入らなくていいんだ。


「あの、これ、隊長さんに借りたんです。返しに来ました」


俺が差し出したハンカチを見て、使用人さんはますますニコニコ。


「確かにこのハンカチは、この家の紋章が刺繍されてますね。では、直接リシュ様にどうぞ。今日は午後からの勤務ですから、まだ家におりますよ」


しまった。そんなパターンもあるんだ。使用人さんがニコニコしてるから、断りづらい…。押しに弱い俺は、どうぞどうぞと言われ使用人さんについてった。


「ここでお待ちください。リシュ様を呼んでまいります」


応接室のような、とってもいい部屋に案内された。ソワソワする。お屋敷に上がるつもりはなかったんだけどな…。しばらくすると、ノックも無くドアがいきなり開いた。


「待たせた」


現れたのは、私服の隊長さん。いつもの白いコートもカッコいいけど、私服もカッコいいね。羨ましいね。俺もこうなりたいな。なれないのは分かってるが…。


「お仕事に行く前にすみません。ハンカチを返しにきました」


皺にならないように丁寧に持ってきたハンカチを、おずおずと隊長さんに差し出す。隊長さんは俺の手にも触れつつ、ハンカチを受け取った。


「律義だな。ありがとう。…しかも、こんなに丁寧にアイロンまであててくれたのか」


すごい宝物見つけたみたいに、隊長さんは目と閉じてハンカチを胸に当てた。隊長さんが感激してる…。アイロンあてたのは、洗濯屋のおばちゃんなんだけど。黙っといたほうがいいのかな。黙っとこう。


「何かもてなしを。お腹は空いていないか?」


「朝ご飯食べたばっかりだから、お腹いっぱいです」


「そうだ。パンを持ち帰るといい。今朝、家の料理人が焼いたものだ。それと、何か菓子もあったはずだ」


隊長さんが使用人さんにそう言うと、使用人さんはすぐさま動いた。で、すぐに大きい紙袋を持ってきた。


「気にしないで持ち帰るといい」


俺が両手で抱えないといけない大きさの紙袋。きっとおいしいものがいっぱい入ってるんだろう。断るのは惜しい。


「ありがとうございます」


そのあと少しお話して、隊長さんがそろそろ出勤の準備するって席を立ったところで俺もお暇に成功。


紙袋を抱えて帰る道すがら、罪悪感が遅れてやってきた。俺がアイロンあてたわけじゃないのに、いっぱいお土産を貰ってしまった。いいのかな。俺は悪女かもしれない。

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