その後14 じぶんのこと前編
休日の朝。
目が覚めると、隣におっちゃんがいなかった。もう起きたのかな。俺がねぼすけなのかな。でも起こしに来ないってことは寝てていいんだよね。
布団をかぶりなおして、二度寝態勢に入る。そんなぼへーっとした俺の耳は、ドアの向こうからの会話を拾った。
「最近のイズルくんの様子はどうですか?」
これは兄ちゃんの声だ。今日は俺がちゃんと生活してるかチェックしに来る日なのかな。
「変わりないよ。仕事に行って、散歩して、本を読んで…。楽しそうにしてる。それに、この前は挨拶状をもらった」
「へえ。一緒に住んでるのにわざわざ?かわいいですね。…そんなかわいい子なのに」
兄ちゃんの声が沈む。そして、おっちゃんの声も。
「親は見つからないのか?」
「それが、全然。何の手がかりも無いんです。イズルくんは自分で親のことや今までの暮らしのことを言ってませんか?」
「いや、何も言わない。まあ、いつか、話したくなったら話すだろうし。今のとこウチで楽しく暮らしてるみたいだから、それでいいさ」
「そうですね。無理に聞くのはよくないですね」
まだ俺の生まれを調査してるんだ。
無駄骨だからしなくていいよって言ったほうがいいのかな。だけど、俺はこことは違う世界から来ましただなんて言えないし。そんなの言ったら変な子だと思われる。
困ったなあと思ってると、おっちゃんが椅子から立ち上がる音。
「そろそろ坊主を起こしてこようか」
おっと。起こされてしまう。寝たふりこかないと。ドアが開く寸前、もう一回布団かぶりなおした。
「坊主、朝だぞ」
うーん…もにゃもにゃ。
って感じで今起きた感を醸してみた。話を盗み聞きしてたってバレてないかな。
ベッドからのそのそ下りて寝室を出る。兄ちゃんが来てたのを知りませんでしたって顔で兄ちゃんに挨拶。
「兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、イズルくん。元気かい?」
そのあと、いろいろ聞かれた。世間話みたいに楽しく話したけど、兄ちゃんは捨て子の俺がちゃんと生活できてるかどうかの聞き取り調査をしてるんだろう。
毎日どんなご飯食べてるのかとか、郵便局でどんな仕事してるのかとか。
よくパン屋さんに行く話をしたら、兄ちゃんが「今度連れて行ってね」だって。だから、おいしいパンを教えてあげる約束した。
兄ちゃんが帰ったあと。
天気がいいのでおっちゃんと市場にお買い物。今日はパン屋は行かないって。
「今日の晩ご飯は何かな?」
おっちゃんと手をつないでぷらぷら。
「野菜たっぷりの野菜炒めだ」
「お肉も入れてね。育ち盛りだから」
「そうだな。坊主はもっと大きくならんといかんな」
自分で育ち盛りと言ったものの…俺、大きくなるかな。もう少しは大きくなると思うけど、おっちゃんくらいには大きくならないと思う。うーん。年を取ったとき、俺って父ちゃん坊やみたいな感じになるんだろうか。年相応に見られたいな。
なんやかんや考えつつ、気付けばもう市場。
おっちゃんは「なんか旬のものを」って八百屋のおじさんに品物を選んでもらってた。「何の料理に使いますか?」っておじさんに聞かれて、おっちゃんとおじさんは何やら会話。
その時ぼけーっと周りを見てると、少し離れたところに子どもが何人も集まってるお店を見つけた。
「あ!あれは何だろう?」
注文を終えてお金を払ってるおっちゃんの袖を俺は引っ張る。
「ん?あれはお菓子の店だ。アメ細工だよ。見てくるか?」
八百屋さんが商品を袋に詰めてくれてる途中だけど、俺は待ちきれなくておっちゃんを置いてアメ細工の店に。面白そうなので、思わず駆け出した。
そして途中で。
べちゃっとこけた。
こけた瞬間、思わず目を閉じた。ひざが痛い。けど、そんなことよりも。俺は急に怖くなった。目を開けるのが怖い。
俺がこの世界に来た日。俺は道でこけて、そんで気付いたらこの世界にいたんだ。
「坊主!」
おっちゃんの声が聞こえた。だだだっと俺に駆け寄る音も聞こえた。俺はゆっくり目を開ける。アスファルトじゃなくて、市場の石畳だった。
ホッとして、ゆっくり立ち上がる。突然来たこの世界だけど…。こけただけで帰ることになったら?
ドキドキする。怖いほうのドキドキ。だって、おっちゃんとお別れも言わずに離れ離れになったらイヤだ。
そこまで考えたら、涙がぽろぽろ。
おっちゃんと離れるのイヤだけど、俺、とんでもない親不孝だ。帰るのがイヤだとか怖いとか。
「痛いのか?ほら、おぶされ」
泣いてる俺におっちゃんが慌ててしゃがんで背中を見せた。俺は大人しくその背中にのっかる。
「アメは今度買ってやろうな。今日はもう帰って手当しような」
おっちゃんのごつい首に腕を回す。えぐえぐ泣きながらぎゅっとする。
俺は…。
突然こっちの世界に来て、本当だったら帰りたいって思うはずなのに。そんなの思わないでのん気におっちゃんと暮らしてる。親不孝だ。
もし突然、来た時みたいに帰る日が来たらどうしよう。そんな不安と、親不孝な自分と、ふたつがごっちゃになってえぐえぐぐすぐす。
「大丈夫だからな」
泣いてる俺をあやすように、おっちゃんは何度もそう言ってくれた。
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