その後12 おやつ

「ただいまー!」


誰もいないの分かってるけど、帰ってきたときはいつもただいまって言う。だって元気にしてたほうが寂しくないから。

テーブルの上に洗濯屋から引き取った洗濯物の袋をどさっと置いて、また独り言。


「さーて。服をタンスにしまって、そんで掃除でもしますか」


毎日掃き掃除する。うそ。時々サボる。

帰るのが遅くなっちゃった日はサボるけど、今日は全然余裕だ。今日はお昼ゴハンのあと一時間も仕事したら「今日は忙しくないから帰っていいよ」って言われた。

こんな働き方でいいのだろうか。今はおっちゃんにお世話してもらってるから、俺自身の収入は少なくてもいいけど。大人になったら、ちゃんとひとりで生活できるだけのお金を稼げるかな。

…まあ、それはもう少し大人になってから考えよう。今しなきゃいけないのは、考えることじゃない。おうちのことだ。


てきぱきてきぱき、時々だらだら。そんな感じで俺の洗濯物片づけもお掃除も終わった。


「さて。じゃあそろそろおやつにしますか」


ポケットの中から郵便局でもらったアメを取り出す。それを口の中に放り込んで、なめなめねぶねぶ。

そこで、ん?と思ってしまった。

このアメ、おいしいけど甘すぎかな?喉がちょっと痛い。アメをくれた配達員のお兄さんには悪いけど、味わわずにガリガリ噛み砕いて水で流し込んで飲んじゃった。


「うーん。何かさっぱりしたもの食べたいな」


かごの中をゴソゴソするけど、ここにはパンだけ。パンもおいしいけど、今はちょっと違う。今度は食料入れてる棚を見てみる。


「あ。これはいいかも!」


キュウリを見つけた。これはサラダにしてよく食べるから、生で食べてもいいやつだろう。ようし。おやつ第二弾はキュウリだ。


「いただきまーす」


キュウリをそのままボリボリゴリゴリ。

おいしいおいしい。そんな感じで半分くらい食べたとき。


玄関の鍵が開く音が聞こえた。おっちゃん、もう帰ってきたのかな。今日は早い日なんだ。


「おかえり、おっちゃん!早かったね!」


てててっとおっちゃんに駆け寄ると、おっちゃんは俺の頭をわしゃわしゃ。


「おう。今日は特別早上がりの日だったんだ。坊主に言ってなかったか?」


「きーてない!」


齧りかけのキュウリをブンブン振って、おっちゃんに怒ってみせる。

すると、おっちゃんの顔が曇った。視線はキュウリに向いてる。俺がキュウリをおもちゃにして遊んでると思ったのかな。違うよ。


「これは今日のおやつだよ!」


おっちゃんは今度はビックリして、そんで悲しそうな顔になった。


「すまんかったな。いつも買ってきたり貰ってきたりしてるから、坊主のおやつをあんまり気にしてなかった。今度からちゃんと用意してやるからな」


おっちゃんは俺を抱き寄せて、ポンポンしてくれた。勘違いされてるパターンだ、これ。


「違うよ。おやつに食べるものがなかったわけじゃないよ。アメを舐めてたんだけど、甘すぎたから他のが欲しくなったんだ」


俺の言葉が真実なのか言い訳なのか、おっちゃんは探るような目で俺を見た。


「そうなのか?」


まだ捨ててなかったので、さっきのアメの包み紙をおっちゃんに見せる。


「うん。このアメだよ」


おっちゃんはまじまじと包み紙を見て、また俺の頭をわしゃわしゃ。


「これはジュースの素だ。水に溶かすんだ」


うそー?そんなこと書いてた?いくら俺がちょっと間が抜けてるとはいえ…。自分の持ってる包み紙を、じっくり見てみる。


「あっ。ホントだ。書いてる。…アメじゃなかったんだ」


ジュースの素なら、あんなに甘いのもうなずける。俺ってちょっとじゃなくてかなり間が抜けてるのかな。注意力散漫…。


「よし、今から一緒にお菓子買いに行こうか。市場にお菓子を売ってる店が並んでるところがあるんだ。坊主は行ったことないだろう?」


「行ったことない!行きたい!でもちょっと待って」


俺はキュウリをボリボリゴリゴリ齧るのを再開した。キュウリおいしいけど、お菓子の店に連れてってくれるの嬉しい。


でも、お菓子の店じゃなくても、おっちゃんとおでかけできるのが嬉しいよ。

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