その後11 おしごと

「イズルくん、ちょっといいかな」


手紙の仕分けしてるところに、局長さんがやって来て俺を手招き。なんだろな。前にもあったな、こんなことが。


「あのね、また配達に行ってほしいんだ。大丈夫、この前と同じ地区だから危なくないよ」


治安の良いところだから大丈夫だけど、あそこには隊長さんのお屋敷もある…。あるけど、会うことはないだろう。隊長さんだって仕事だよね。


「分かりました!任せてください!」


俺は元気よく返事した。そして、この前と同じように予備の配達員制服に身を包み、みんなの声援を背に配達に出た。

と、同時に局長さんも郵便局を出た。局長さんも別の地区に配達に行くんだって。

途中で局長さんと別れ、俺はひとりでてくてく歩く。二回目だからちょっと余裕。景色とか見ちゃう余裕あるよ。鞄のベルトをしっかり握ることは忘れず、てくてくてくてく歩いていくと、だんだん景色が変わってきた。


大きい家、綺麗で広い道、手入れされた街路樹。

局長さんから預かった地図を見ながら、慎重に手紙の宛名を確認する。よし、ここのお家にこの手紙だ。


一軒一軒、間違えないように気を付けながら配達する。この前来た時も「小さな配達員さん、ご苦労さま」って感じで好意的だったけど、今回はさらに好意的だった。


手紙を手渡した相手が、そのお屋敷の使用人さんだったら「お菓子があるよ。少し持って行って」とか言われた。ありがたくいただいた。

使用人さんじゃなくてお屋敷の人だったら「よかったらお茶を飲んでいかない?」とか言われた。仕事中なので断った。

極めつけは「郵便局より、ウチの屋敷で働かない?」なんて言われたりもした。丁重にお断りした。


みんな親切だ。俺がちっちゃいからかな。ちっちゃいから親切にしてあげなきゃって思うんだろうか。

…次のお屋敷の人も親切かな。俺がお願いしたら聞いてくれるだろうか。実はちょっと、お腹が痛い。トイレ行きたい。トイレ貸してくれるかな。

もうちょっと我慢して、隊長さんのお屋敷でトイレ借りようかな。隊長さんのお屋敷の人、俺のこと覚えててくれてるかな。でも、俺、隊長さんを警戒してるくせに、トイレ貸してほしいって図々しいよね。


ううう。とにかく、次のお屋敷に行かなきゃ。

自分のお腹に「がんばれ!」と応援して、地図をしっかり見る。よし、今度はこのお屋敷。


白くて大きいドアをノックする。お腹からぎゅぐぐぐぐという音が聞こえた。優しそうな人だったらトイレ貸してって言ってみよう。そう心に決め、ドアが開くのを待つ。


「あれ?イズルくん?」


出てきたのは、隊長さんのお友達。副隊長さんだった。不思議そうな顔をする副隊長さんに、俺は手紙を差し出す。


「そうか、イズルくんは郵便局で働いてるんだったね。配達ご苦労さま」


にっこり笑った副隊長さんに、ここで別れを告げようかとも思った。だけど俺のお腹はもう頑張れない。


「あのう…。トイレ貸してください」


俺のお願いに、副隊長さんはちっともイヤな顔をしなかった。


「ああ、いいよ。どうぞどうぞ」


親切だ。助かった。

俺はしっかりと用を足した。そしてそのあと。


「ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げると、副隊長さんは心配そうに声をかけた。


「配達まだあるの?一緒に行ってあげようか?」


配達員としてのプライドがいたく傷ついた。ひとりじゃできないと思われてしまった。


「俺は立派な配達員なので、ひとりで大丈夫です。お腹痛くなったけど、それはだって人間だもの…」


本当は立派じゃない。治安のいいお金持ちの地区しか任されない。きっと局長さんが、ここじゃないところに配達に行ったんだろう。俺が立派だったら、全部任される。

ほんの少しだけ悲しくなっちゃって、しょぼんと俯いてしまった。すると、俺の頭に手がぽんぽん。


「ごめんね。えーと、今日は仕事休みで散歩に行こうかと思ってたから、散歩のついでについていっていいかな?」


俺を励ましてくれる副隊長さん。フォローしてくれる副隊長さん。


「それならいいですよ」


副隊長さん、親切だな。俺は大人げなかった。大人じゃなくて子供だけど。俺のこと心配してくれたんだよね。


配達は残り少ない。副隊長さんは俺についてきたけど、何も口出ししなかった。俺が仕事するのを見ててくれた。

最後にやってきた一番大きいお屋敷。隊長さんの家だ。門がガッチリ閉まってて、どうしたらいいのか分からない。入っていいのかだめなのか。


「誰か呼んでこよう。ちょっと待っててね」


副隊長さんはためらいもなく門を開けて入って行った。友達だからなせる業だな。そういや、子供の頃から友達だって言ってたような言ってなかったような。

少し待つと使用人さんが来て、俺は手紙の束を渡した。これで任務は終了だ。


お金持ち地区の境界線のようなとこ。そこで俺と副隊長さんはお別れした。


「ありがとうございました。トイレ貸してくれたのと、ついてきてくれたのと」


「さよなら、気を付けてね」


副隊長さんは隊長さんの友達だけど、ヘンな人じゃなさそうだ。隊長さんは警戒すべき人物だけど、副隊長さんは大丈夫なのかな。

家に帰ったら、おっちゃんに聞いてみよう。




※おまけ(副隊長さん視点)


日付が変わるころ。そろそろ寝ようかとゆっくりと過ごしていたら、来訪があった。

バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、ノックも無しにドアが開けられた。


「今日、私の家に来たらしいな?あの子と」


リシュはあいさつもすっとばし、不機嫌そうに早口でそう言った。それだけのために来たのか?夜中に?


「そうだよ。今日、イズルくんが配達に来て、そのときに『トイレ貸してほしい』って言われたからトイレ貸したんだけど、そのあと少し心配で…。配達について行ったんだ」


「トイレを貸しただと?お前の家に入ったのか?あの子が?」


それすらもイヤなのか?付き合ってもいないのに、なぜそんなに束縛感激しいんだ。

半ば呆れ気味に頷くと、リシュは深い深いため息を吐いた。


「あの子に親切にしたことは感謝する。しかし…」


「分かってるよ。リシュの印象をよくするために、俺も考えてるんだよ」


…あ。今日のイズルくんとの会話でリシュの印象をよくするエピソードを話してなかった。しまった。


「そうだな。お前は私のよき理解者だ。これからも頼む」


納得して帰っていくリシュに、心の中で謝った。今度チャンスがあったら、ちゃんといい話をしとく。

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