その後10 おむかえ
郵便局から帰ってきたあと。
まだ日が高いしぽかぽか暖かいので、玄関の前で日向ぼっこ。家の中から椅子を引きずってきて、そこに座って本を読む。なんだか高尚に見えなくもない。
高尚とは違うか。なんていうのかな…スローライフ…?と、そんなどうでもいいこと考えつつペラペラとページをめくってた。
それからしばらく。
ひやっとした風が吹いたと思って顔を上げると、空には真っ黒な雲。天気が悪くなると思う間もなく、雨がザーッと降って来た。慌てて椅子を引きずって家の中へ避難。
「ふー。危なかった。図書館の本は無事。椅子も無事。俺も無事」
などと独り言をブツブツ言って、おやつのパンをもごもご。今日のパンは甘い豆のパンだ。これおいしい。お店でもよく売れるってお兄さん言ってた。
パンは一個だけにしとこう。おっちゃんが帰ってきたら晩ご飯だし。今日の晩ご飯何かな。
…ううん、晩ご飯のこと考えてる場合じゃない。
「おっちゃん、大丈夫かなあ」
窓の外を覗いてみると、ものすごい勢いで地面に雨粒が叩き付けられてる。まるで滝のようだ。
「迎えに行こうかな」
だけど、もうすぐ暗くなる。今も雨のせいで暗いけど、日が沈んだらもっと暗くなるだろう。間に合うかな。暗くなる前に、おっちゃんの仕事場まで行けるかな。おっちゃんに会えるかな…うーん。
「心配だけど、俺がこんな雨の中に外に出るほうがおっちゃんは心配するよね、きっと。…だからお迎えはやめとこ」
と、決めたものの。
勢いが弱まらない雨に、俺の心はソワソワソワソワ。前に買ってもらったレインコートを手にして、元に戻して、また手にして。
「おっちゃん…。大丈夫かな…」
こんな雨の中、びしょびしょに濡れて帰ってくるのかと思うと…。
…ええい。迷ってる時間がもったいない!
俺は心を決めた。レインコートに袖を通して、ボタンもしっかりして装備完了。おっちゃんの傘も持った。よし!
ドザー!って勢いの雨の中、俺はおっちゃんの仕事場に向けていざ出発した。
ひええ、ちょっとだけ怖い。雨が激しすぎて怖いってのもあるけど、大雨だから通りには人が少ない。それも怖い。
いやいやいや、怖がってる場合じゃないぞ。
顔に雨がびちびち当たる。けど気にしない。おっちゃんを迎えに行かないと。レインコートのちょっとした隙間から雨が侵入して服がぬれるのを感じた。ちょっと冷たいけど気にしない。
靴はいつもの靴。完全にびちゃびちゃのぐちょぐちょで若干気持ち悪い。それはいい。だけど、もしかしたら雨のせいで痛んじゃうかもしれない。おっちゃんに謝らなきゃ。せっかく買ってくれたのに。
激しい雨と戦いつつ、ようやく到着した騎士養成学校。正門の前で、俺はじっと校舎を見つめる。ふー疲れた。おっちゃん、ここから出てくるよね。待ってみよう。
雨に打たれて待ってると、辺りがだんだん暗くなってきた。普通だったらもう家から出ない時間だ。心細くなってきた。
おっちゃん、まだかな。
どのくらい待っただろうか。暗くて雨で霞んでよく見えないけど、声が聞こえた。
「坊主!」
俺に気付いたおっちゃんが走ってきた。雨の音に負けないくらいの大きい声。そして、おっちゃんを見て俺は自分がアホだと再確認した。
おっちゃん、傘差してた。
そうだよね。
大人だし、職場だし、置き傘とか貸出用の傘とかあるよね。俺は気付くの遅い。
「迎えに来た…」
気まずい気持ちでそう呟く。迎えにくる必要なかった。それに、そろそろ日没。暗くなったら外に出ちゃいけないんだ、俺は。俺が悪いんだけど怒られるのはイヤだな。
そう思ったけど、おっちゃんの言葉は意外なものだった。
「こんな雨の中、来てくれたのか。ありがとうな、坊主」
おっちゃんは、レインコートごしに頭をポンポンしてくれた。
「…怒らないの?俺、暗いのに外に出たよ」
俺が見上げると、おっちゃんは困ったように笑った。
「まあ、家に帰ったらお仕置きはする。だけど、迎えに来てくれるのは嬉しいものだな」
「お仕置きされちゃうのか…」
おっちゃんは手を差し出した。濡れた手で、おっちゃんの手を握る。俺の手はべちょべちょの手なのに、おっちゃんはイヤな顔しなかった。
「当然だ。こんな大雨の中、しかももうすぐ夜。心配するに決まってるだろう」
だよね。心配するよね。だけどさ。
「心配するとは思ったけど、俺もおっちゃんが心配だったんだ」
ぐっと力を込めると、おっちゃんもお返しと言わんばかりにぎゅーっと手に力を入れた。
「坊主は優しいな」
おっちゃんと手を繋いで帰った。顔にびちびち当たっても平気。ぐしょぐしょの靴も平気。雨の音も怖くない。人通りが少なくても怖くない。夜でも怖くない。
何にも怖くない。おっちゃんはスゴイなあ。
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