その後8 お散歩コースごあんない
さてそろそろ寝ますかという、いつもの夜。おっちゃんが明日休みだということが判明した。
「おっちゃん、明日休みなの?」
「そうだ」
明日は平日だけど、おっちゃん休みなんだって。振替休日がどうたらこうたら。
ベッドにごろんとなりながら、俺はおっちゃんに向かって盛大に溜め息。
「俺も休みだったらよかったな。そしたらおっちゃんと遊んであげたのに」
生意気な口を利く俺に、おっちゃんは両手で俺の頭をわしゃわしゃトルネードの刑。髪の毛がぼさぼさになってしまった。
「坊主が仕事終わる時間に迎えに行く。散歩して帰ろう」
「うん。俺のいつもの散歩コース案内してあげる」
おっちゃんと散歩するときと、仕事帰りにひとりで散歩するルートは違う。
おっちゃんに教えてあげよう。なんだかワクワクして目が冴えてきた。けど、おっちゃんが俺のおでこに手を当ててさすりさすりしたので、眠くなって寝た。
そして、次の日。
仕事中、局長さんに「今日はすごく張り切ってるね」って褒められた。今日はおっちゃんが迎えに来てくれるから、だから俺は張り切ってるんだ。うひゅひゅ。
そんなこんなで仕事が終わって郵便局を出ると、おっちゃんが待っててくれた。急いで駆け寄ると、おっちゃんが「おつかれ」って言ってくれて俺の頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。
さあ、いつもと違う散歩が始まる!
「まずは、ここ!パン屋さんです!」
おっちゃんと手を繋いでお店に入ると、パン屋のお兄さんがビックリしてた。
「イズルくん、こんにちは。…おとうさん?時々お買い物に来てくださるけど、イズルくんのおとうさんって知りませんでした」
お兄さんは接客スマイルでおっちゃんに会釈をした。そっか。おっちゃんもこの店でパン買うけど、お兄さんとは特に親しくないのか。
「ううん。おとうさんじゃないよ、おっちゃんだよ。ねえ、お兄さん。今日はいつものパンと、それと豆のパン2個ください」
「この前と同じ、甘い豆のパンでいいのかな?」
「うん。甘い豆のパン、おいしかった」
お兄さんは日持ちパンと豆のパンを袋に詰め、そして小さいパンをふたつみっつ袋に入れてくれた。
「よし。じゃあ、これはオマケ。また感想聞かせてね」
俺はいつもオマケもらってる。それも実はこの店に来る楽しみのひとつだ。
「ありがとう、お兄さん」
お金を払って、手を振って店を出る。で、おっちゃんの手を握り直すと、おっちゃんが気難しそうな表情で俺を見下ろした。
「あの店員と、よく話すのか?」
おっちゃんの問いに、俺は勢いよく頷いた。
「うん。俺は常連さんだからね。それに、お兄さんは親切なんだ。いっつもオマケくれる」
「…そうか」
おっちゃんの声は少しだけ沈んでた。
俺のことをオマケ目当てのいやしんぼだと思ったのかも。俺がいやしんぼだったら、保護者であるおっちゃんの立場がないかな…。うーん。まあいっか。パンをたくさん買えば、オマケはチャラだよね。
次に向かったのは図書館。
受付のお姉さんは、俺がおっちゃんと来たから驚いてた。「おとうさん?」ってここでも聞かれた。だから「違うよ。おっちゃんだよ」って答えた。おとうさんに見えるのは、おっちゃんが老けているからなのか、俺が幼く見えるからなのか。
…どっちもイヤだなあ。おっちゃんは老けてないし、俺は本当はもうすぐ17歳だよ。お姉さんに心の中で抗議しつつ、おっちゃんの手を引いて童話の棚の前に来た。
「この棚のお話は結構読んだよ。おっちゃんがおススメの本ってある?」
自分で選ぶんじゃなくて、おっちゃんに選んでもらおう。
「そうだな。坊主はどんなお話を読んでみたいんだ?」
どんなお話…?えーと…。
「うーん。たまには悲しい話も読んでみたいかな」
ハッピーエンドが好きだけど、それ以外の本も読むの大事だよね。情操教育とかいうやつ…。自分に対して情操教育ってのもヘンだけど。
俺のリクエストに、おっちゃんは唸った。腕を組んで、考え事。何か思い出そうとしてるな、これは。
数秒後、おっちゃんは閃いたようにキビキビと動いた。俺の手を引いて童話じゃない小説の棚に連れてきた。そして、棚をつーっと眺めて、お目当ての本を手に取った。
「これなんかどうだ。大人向けかもしれないが…おっちゃんはこの本くらいしか知らないんだ。悲しい話のやつ」
おっちゃんが差し出した本を見る。『やぶれる』という、もちろん読んだことないタイトル。
「読んでみる!」
悲しい話なんだろうけど、おっちゃんがススメてくれた本だから楽しみだな。
本を借り、手を繋いで家に帰る。
もうすっかり夕方だ。今日の晩ご飯は何だろうな。おっちゃんが作るのかな。お弁当買って帰るのかな。お弁当だったらイズルスペシャルにしよう。そんなこと考えてたら、おっちゃんの心配そうな声が降って来た。
「坊主はひとりでいろんなとこ行ってるんだな」
俺がひとりでウロウロしてるのが心配なのかな。安心させてあげなきゃ。
「そうだよ。でも、安全で楽しい所ばっかりだよ」
安心してもらいたくてそう言ったけど、おっちゃんはまだまだ心配そうだった。
「そうだな。でも、あんまり遠くへ行くなよ」
おっちゃんの手をにぎにぎして、俺はにひゃーっと笑った。
「行かないよー」
ひとりで遠いとこ行って、おっちゃんとこに帰れなくなったら大変だからね。
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