その後7 ちょっとだけ遠くまで

俺の休日の過ごし方。基本的に散歩だ。

おっちゃんに「行っていいぞ」と言われた範囲。今日は、パン屋さんと図書館と公園と行こうっと。いつもとおんなじだ!


元気よく歩き出し、大通りに出た。今日は何のパンを買おうかなーってウキウキしてたら、「イズルくん」と俺の名を呼ぶその声。声の方向を見ると、そこには。


「兄ちゃん!」


番所の兄ちゃんだった。偶然街中で会えて嬉しくて、ててっと駆け寄った。


「兄ちゃん、見回り?」


制服着てるのでてっきりそうかなと思ったけど、兄ちゃんは首を横に振った。


「ううん。今日は非番なんだ。だけど、昨日、上司に報告書を出しに行くのをすっかり忘れてて。今から騎士団の詰所に行くんだ。イズルくんも、一緒に行く?」


思わぬお誘い。騎士団の詰所か。一体どんなとこだろう。

好奇心旺盛な俺は、こくこく頷いた。


「報告書出したらそれで終わりだから、お昼を一緒に食べよう」


「やった!」


兄ちゃんと一緒に、詰所なるところへ向かう。


「奇数の隊はお城を中心にした街の西側。偶数の隊は東側に詰所があるんだ。僕は第五隊だよ」


奇数の隊はお城の西側。じゃあ、あの、隊長さんも西側にいるのか。第一隊だもんね、隊長さん。…まあ、大丈夫だろう。


俺の足は兄ちゃんより短いから、歩くの時間かかる。大通りから歩くこと30分とちょっと。多分。大きくて立派な建物が増えてきた。役所だな、官公庁だな。と、勝手に想像しながら兄ちゃんの隣を歩く。


「ここだよ」


兄ちゃんの足が止まったところ。大きな門の前。『第一隊・第三隊・第五隊・第七隊・第九隊』と、でかでかと書かれていた。

ほー。なるほど。そういうことですね。

隊ごとの詰所が、街の西側に点在してるのかと思った。違った。同じ敷地内に、奇数隊の詰所があるわけですね。


てっきり俺は門の前で、兄ちゃんが用事を済ませるのを待つのかなあと思ってたけど、それも違った。


「イズルくん、おいで」


兄ちゃんは門の脇、守衛所に俺を手招き。そこでサラサラと何か書いて、俺の首からネームプレートをかけた。

手に取って見てみると『第五隊・来訪』って書いてた。見学者用の名札だな。


そして、門の中に入ると。大学のキャンパスような雰囲気。俺の知ってる言葉で言い表すのは難しい。何棟かの建物と、そこに通じる道と、花壇。

しばらく歩くと、少し広くなった庭のようなところで兄ちゃんは立ち止まった。


「あそこに座って待っててくれる?10分もあったら戻ってくるからね」


兄ちゃんはそう言い残し、すぐ近くの建物に入って行った。あそこが詰所なのかな。

兄ちゃんが指差したとこ。ピクニックテーブルが置いてあったので、俺はそこに大人しく座る。本当はピクニックテーブルではないんだろうけど。何て言うのかな、このテーブル。まあいっか。


周りを少し見てみる。みんな騎士なんだろうな。隊によって制服が違うんだろうか。兄ちゃんと同じの着てる人もいるし、違う人もいる。いろいろ。あとで兄ちゃんに聞いてみよ。


ぼけーっと空を眺める。今日はいい天気。あったかいなー。兄ちゃんは何を食べさせてくれるのかなー。


そんなこと考えてたら。

すたすたすた。近づいてくる足音が聞こえた。兄ちゃん早いなあと、思ってパッと見たら。


「こんにちは、イズルくん。どうしたの、こんなとこで」


にこやかに話しかけてくるこの人は…!

隊長さんのお友達だ。


「こんにちは」


こんにちはと言われたから、こんにちはを返す。でも、隊長さんのお友達なので、少し警戒する。悪い人じゃないけど、変な人。それが隊長さんだ。このお友達さんも、変な人かもしれない。

俺は返事しないで、そーっとネームプレートを掲げて見せた。


「第五に知り合いがいるの?誰かなー?」


お友達さんはニコニコして首をこてーっと傾げて、ものすごく親しみやすそうな感じを醸し出す。だけど、俺は騙されたりしない。…が、どうしよう。この場をどうやって切り抜ければいいんだろう。


そんな困っている俺に、天の助け。


「イズルくん!」


「兄ちゃん!」


慌てて走ってきた兄ちゃんに、俺は椅子から飛び降りて駆け寄る。兄ちゃんは俺を後ろに隠して、お友達さんに挨拶をした上で尋ねた。


「僕の連れが、どうかしましたか?」


兄ちゃんの問いに、お友達さんは気まずそうに笑った。そしてアッサリ引き下がった。


「いや、顔見知りだったから。失礼した。じゃあね、イズルくん」


足早に立ち去る背中を、兄ちゃんの後ろから眺める。姿が見えなくなってから、兄ちゃんは屈んで「ふー…」と息を吐いた。緊張が抜けたような息の吐き方だった。


「イズルくん、顔見知りなの?」


「会ったことあるよ。二回かな?第一隊の、隊長さんのお友達」


そう答えると、兄ちゃんはビックリしてた。


「すごいな、イズルくんは顔が広いね。あの人は、第一隊の副隊長だよ」


副隊長さんなのか。じゃあ、偉い人なのかな。兄ちゃんが緊張するくらいの偉い人なのかな。変な人じゃないのかもしれない。どうだろう。


「まあ、それはともかく。お昼食べに行こうか。ここの食堂、おいしいんだよ」


気を取り直して、お昼ご飯に向かう。お腹がぐーっと鳴った。



「こっちだよ。イズルくんの好きなものは何かな?」


兄ちゃんに案内されてついて行ったらば。そこは、食堂だった。騎士団の食堂。


ものすごい迷ったけど、ビーフシチューセットにした。ビーフシチューとパン。大きいお皿。大きいパン。食べきれるかな。お昼休みも終わりに近い時間のようで、テーブルは空いてた。

…けど、俺が席に着いた途端、バラバラに座ってた騎士さんたちがワラワラ寄ってきた。そして、ワラワラのうちのひとりが、興味津々の表情で兄ちゃんの肩を小突いた。


「ちっちゃいのを連れて、どうしたんだ?」


「知り合いの子なんだ」


兄ちゃんが知り合いの人となんやかんや話してる間にも、知り合いなのか知り合いじゃないのか分からない騎士さんたちが、俺のパンのお皿にいろいろのっけてくれた。


「こっちのもおいしいぞー」

「これもやろう」


ものすごいチヤホヤされた。俺のこと、小さい子供だと思ってるのかな。本当は違うけど、ここはその設定に乗っかろう。兄ちゃんの知り合いの騎士さんたちから、あれもこれもそれも、たくさんおかずもらってほくほく。全部おいしそう。

もぐもぐ口を動かしながら食堂を見渡すと、男の人がほとんどで、女の人がほんの少し。男社会なんだろうな。俺はみんなよりちっちゃいから、騎士の仕事は無理だな。

騎士さんたちはひとしきり俺の頭をぽしぽしすると、「じゃあな」「また来いよ」と言って、ひとりまたひとりと食堂を出て行った。

お昼休み、終わりなのかな。そう思ったらとき、鐘が鳴った。


「昼休憩終了の合図だよ。みんなってわけじゃないけど、ほどんどは鐘通りに仕事始めるんだ」


へー。まだまだゆっくり食事しながら、兄ちゃんの話に耳を傾ける。着てる制服のことも聞いた。制服のカタチが違うのは、役職や任務の違いだそうだ。隊は違っても、番所勤務なら番所勤務の制服なんだって。へー。

隊の違いは襟のバッジで分かるんだって。ホントだ。よく見ると、襟にバッジをつけてる。

そんなこんなで、のんびりと食事を終えて、お腹いっぱいになったころ。


食堂にカッツコッツと足音が響いた。今からお昼の人もいるんだと思い、なんとなしに足音に視線を送ると…。


で、でた!隊長さんだ!

隊長さんは真っ直ぐ俺に向かって歩いてくる。そのすぐ後ろに、隊長さんのお友達である副隊長さんも。副隊長さんがなんとなく焦った顔をしているのは気のせいだろうか。

椅子に座ってる俺を見下ろすのは、いつもと同じカッコいい顔。


「やあ」


挨拶されたので、俺も挨拶を返す。


「こんにちは」


挨拶したのはいいけど、一体なんの用だろうか。プロポーズ事件や愛人事件から考えるに、俺の顔を見に来ただけ?わざわざ?…わざわざ来てくれるのは、ありがたい気がしなくもなくもないこともない。


「ふむ…。見学に来たそうだな。午後は、私が案内しよう」


兄ちゃんが緊張してるのが伝わった。『ええっ!?第一隊の隊長が!?』という心の声が聞こえた。

隊長さん、エライ人なんだ。やっぱりそうなんだ。返事どうこうの前に、隊長さんスゴイ人なのかなってほへーっとなってたら、副隊長さんが渋い顔で隊長さんに耳打ち。


「隊長、2時から王宮で会議です」


耳打ち内容は全部聞こえてた。隊長さん、王宮で会議だって。スゴイ。きっとスゴイ。


「…そうだったか?」


「そうですよ。もうあと少しでここを出ないと」


「王宮での会議なら仕方ないな」


ボソボソと遣り取りが続いたけど、隊長さんは渋々といった表情で頷いた。

そして溜め息交じりに俺に言った。


「またいつでも来るといい。ここでも、屋敷でも」


隊長さんはコートをひらりと翻して食堂から出て行った。副隊長さんもそのあとをついていく。ふたりの出て行った食堂。シーンとしてる。何人か人は残ってるけど、みんな呆気にとられたような感じで、シーン。


「イズルくんは大物だな」


兄ちゃんが俺を尊敬の眼差しで見つめた。すごいのは隊長さんで、俺は別にすごくないけど、そう言ってもらうと少しむずむずする。

まるで自分がエライ人になったみたいな。勘違いしてしまいそうだ。


帰りに兄ちゃんにケーキ買ってもらった。遠回りして、美味しいケーキ屋さんに連れて行ってもらった。家まで送ってもらったあと、ケーキの箱を眺めながらテーブルに突っ伏して寝た。


「坊主、ここで昼寝するな。風邪ひくぞ」


おっちゃん、いつの間にか帰ってきてた。


「ケーキ買って来たのか?」


おっちゃんに問われて、昼寝でぼんやりしてた頭が動き出す。


「兄ちゃんに買ってもらった」


ちょっと遠出した話をおっちゃんに教えてあげる。おっちゃんは「たくさん歩いて疲れたんだな」って、頭をわしわししてくれた。

また眠くなって目を閉じたら、おっちゃんは俺を担いでベッドにころころした。


散歩したり遠出したりするのは楽しい。だけど、おっちゃんと家にいるのも楽しい。おっちゃんの大きい手でわしわしされながら、そう思った。

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