その後5 一方、そのころ

※第三者(副隊長さん)視点


「どこか行くのか?」


たまたま偶然。

休日だし、少し買い物に出掛けようかと家を出た。すると、門を出た先に私服のリシュが歩いていたので声をかけた。屋敷は同じ通りにあるが、休みの日に偶然会うのはめったにない。


「ああ。少しな」


なんだろう。気になる。またイズルくんを付け回しに行くんだろうか。


「俺もついてくよ。暇だし。どこ行くんだ?」


俺の質問に、リシュは何のためらいもなく返事をした。


「あの子と出かけるとき、どこがいいか実地調査に行く。あの子はまだ幼いから、観劇などは緊張するだろう。もっと気楽に楽しめる場所のほうがいいだろうと思ってな」


幼いって理解してるのか。理解してて、運命と言うのか。…暴走しないように見張ったり助言するのは俺の役目だな。


「だったら、街で食事や買い物なんかいいんじゃないか?ほら、俺たちも学生時代には行ってただろ?」


「なるほど。行ってみるか」


頷いたリシュと共にやって来たのは今の俺たちにはあまり馴染みのない、賑やかな区画。若者の流行の最先端だと言われているところだ。久々に来ると懐かしい。


「学生のころ、あの店でメシ食ったよな」


何の気なしに、昔よく通った店を指差す。しかし、返事は無い。あれ?と思ってリシュを見ると、視線は一点に注がれていた。

俺もその方向を見る。


イズルくんが、男と食事をしている。あの制服は、一般の養成校の学生か。


うお…。ヤバい。

リシュの行動が読めずにドキドキしていると、やはりと言うべきか、とんでもない発言をした。


「アレは…。斬ってもいいのか?」


「…ダメだ」


俺が首を横に振ると、リシュは残念そうに肩をすくめた。


「そうか。そもそも、今日は休みだから剣を持っていなかった」


持ってたら斬ってたのか?あながち、冗談でもなさそうだ。


「そういう問題でもないからな。ほら、それに。別に…デートとか付き合ってるとかじゃなくて、単なる友達かもしれないだろ」


俺の言葉は気休めにもならなかったようで、リシュは不満げに顎で指した。


「あの学生の顔を見てみろ。そんな楽観的なことを言える場合か」


確かに。あの学生は、ニヤニヤとだらしない笑顔を垂れ流している。イズルくんと一緒で嬉しくてたまらないという様子だ。


「実地調査は中止だ。尾行をする」


何が悲しくて騎士団第一隊の隊長と副隊長が一般市民の尾行をしなきゃいけないんだ。しかし、リシュをひとりにすると何をしでかすか分からない。


「了解」


俺は頷くことしかできなかった。


学生とイズルくん、ふたりを尾行する。騎士として訓練を受けている俺たちの尾行に、ふたりは気付く様子もない。ただ、尾行よりも大変なこと、それはリシュを抑えることだ。


「狭い通りに入った。あの学生、何かよからぬことを企んでいるのでは」


曲がったふたりに着かず離れずで追いかけると、そこは小さな工房が並ぶ通りだった。安くて技術も未熟だと思える品々。それをイズルくんは興味深そうに手に取ってニコニコしていた。


生まれ育ちをどうこう言うつもりは無いけど。

イズルくんとリシュとは価値観が合わないだろう。生まれたときから高級で質の良い物に囲まれていたリシュには、この通りに並ぶ品々は全く価値を見出せないだろうから。


チラリと隣を窺うと、リシュは満足そうにニヤリと笑った。


「可愛らしいな。あのような物が好みなのか。今度改めて調査しよう」


…今のところ、価値観の相違は全く問題ではないらしい。心の中でリシュに謝る。


事件はそのあと起こった。曲がり角で、イズルくんが誰かとぶつかったのだ。

会話の聞こえる位置まですすっと近づき、耳を澄ませる。


「幹部養成校の学生と揉めているようだ」


リシュが出て行こうとした一歩を制する。まだ出て行かなくてもいい。俺たちが出て行けば、一発で解決するのは分かる。でもそれは根本的な解決にならない。


暴力沙汰になりそうだったら、その前に出て行くつもりで動く準備をした。だが、幹部養成校の学生たちがイズルくんの連れをバカにするような発言をし、笑いながら立ち去った。一応、これで事態は収束だ。


リシュは不機嫌さを隠そうとせず、立ち去った学生たちの背中を睨んで呟いた。


「理事長と校長に厳しく言っておかねば。卒業生として、在校生があのような振る舞いをするのは見逃せない」


「そうだな。学校の品位を貶める行動は許しがたい」


幹部養成校の学生には、時折あのような勘違いしている輩がいる。俺たちの同級生にもいた。制服を纏い家柄を背景に、我が物顔で街を歩くようなヤツ。思い出しても腹が立つ。

と、昔のことを少し思い出していたが、リシュはもう気持ちを切り替えていた。


「さて…。では尾行を続けるか」


ふたりは街を流れる河の土手に腰を下ろした。人が少ないので、近づくのは目立つ。少し離れたところから様子を窺った。


「何を話しているのか…」


リシュは悔しそうに眉間に皺を寄せた。もし、あの学生がイズルくんの手でも取ろうものなら、とびかかっていきそうな雰囲気だ。


何か長い話をしたあと、ふたりは立ち上がった。少し日が傾き始めた時間。これからまだどこかへ行くのかと思ってついていったが、ふたりが向かった先はイズルくんの家だった。


家に送るということは、保護者公認の仲なのか?


もし家に迎え入れられたらどうしよう。リシュがショックを受けるかもしれない…。

と思ったが、杞憂だった。


学生は、イズルくんの保護者に怒鳴られていた。公認ではない様子に、ホッと息を吐く。

学生がトボトボ帰っていくのを見届け、俺たちも帰ることにした。ゆったりと歩く、日の暮れかかった街。


「休日にお前と出かけるなど、久々だったな」


感慨深げにリシュがそう言うものだから、子どもの頃のことや、リシュと上司と部下になる前のこと、いろいろと思い出された。


「ああ。なんだか、少し懐かしかったな」


そんなノスタルジックな気持ちに浸っていたが、リシュはやはりリシュだった。


「あの学生を第一隊に入隊させて、ボロボロにしてやろうと思うのだが」


イズルくんと今日一日過ごしたあの学生。リシュのことだから明日には氏素性も全部調べ上げるんだろうな。それは止められないかもしれないが、バカな真似は止めないと。


「…そんなみっともない、性根の腐った真似は止めておけ。もっと、正々堂々と」


俺の指摘に、リシュは目を丸くした。そして、フッと笑った。


「そうだな。危うく汚い人間になるところだった。人を愛するとは、恐ろしい一面もあるな」


リシュは恋をしてポンコツになってるけど、いい奴なんだ。そこを見てやってくれ。

心の中で、そうイズルくんに話しかけた。

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