その後5 おでかけ後編
「ここから夕陽が沈むのを見るのが好きなんだ。…今はまだ全然夕方じゃないけど」
ルエンくんが最後に連れてきてくれたのは、河原だった。
「そうだね。夕日は、いつかまた」
土手に腰を下ろす。今はルエンくんが本当に見せたい夕方の景色じゃないけど、川の水は澄んでいるし、その向こうの街並みも綺麗で、遠くにはお城が見えた。風景画みたいだ。
そうだ、今こそ。いいタイミングだ。
「ルエンくん、これ。お誕生日、おめでとう」
忍ばせておいたプレゼント。
おっちゃんに『プレゼントは何がいいかなあ』って相談したら、『学生だからペンでいいだろう。ペンで』と、速攻で答えが返ってきた。若干投げ遣りだった気がしないでもないけど、なるほどって思った。学生だもんね、ルエンくん。
「イズルくんからプレゼントをもらえるだなんて…。ありがとう!一生の宝物にする!」
にっこにこするルエンくんに、ちょっとだけ罪悪感。わりと軽い感じで選んじゃった。もっと真剣に選べばよかった。
「大げさだよ」
気まずくて苦笑いすると、ルエンくんもへしょっと笑った。
「今日は、情けないとこ見せてごめん」
ルエンくん、さっきのこと気にしてる。励まさないと!ルエンくんは、何も悪くないし情けなくないんだから!
「その話はもう終わり。それに、あれだよ。星祭りの舞台のルエンくん、カッコよかったよ。お話のあらすじを知らないであの舞台見たから、ちょっとだけ涙出た。ルエンくんの家族も見に来てた?」
俺は一生懸命あの感動を伝えようとしたけど、ルエンくんは表情を曇らせた。
「…知らない?あの話を?」
あっ。しまった。
あの話を知らないのは、オカシイんだ。俺はみんなが知ってることを知らない、変な子なんだ。可哀想な子なんだ。
なんて言い訳しよう。生まれを話すわけにもいかないし。もごもご口ごもってしまうと、ルエンくんが焦り出した。
「ご、ごめん。ごめん、イズルくん。…教官に言われてたんだ。口止めされてたけど…。
イズルくんは、その…出生登録されてなかった、事情のある生まれだから。過去を聞くなって。知らないこともあるだろうけど、突っ込むなって」
そうか。おっちゃんは俺を気遣って、あらかじめルエンくんに言ってくれてたんだ。
今日、ルエンくんとたくさんお喋りしたけど、ルエンくんは一度も子供の頃の話題を振らなかった。
わざとその話題を避けてくれてたんだ。…言われないと気付かない俺。のん気すぎだな、俺。
「ルエンくん、ありがとう」
おっちゃんの優しさと、ルエンくんの優しさ。気付けてよかった。だけど、あたたかい気持ちでふふってなった俺に対して、ルエンくんの声は沈んでしまった。
「舞台は、オレの家族は見に来てないよ」
家族は遠くに住んでるのかな?
「もったいないね。あんなにお芝居上手なのに」
残念だという気持ちを込めて言うと、ルエンくんは寂しそうに微笑んだ。
「…オレの家、じいちゃんの代までは貴族だったんだ。でも、じいちゃんが悪いことしちゃって、貴族の身分を剥奪されて今は平民なんだけど…。親父が家を再興する夢を持って、その足掛かりとしてオレを騎士にしようとしたんだ」
手持ち無沙汰に草をぶちぶち抜いて、ルエンくんは話を続けた。
「幹部養成校も受験したけど、落ちちゃってね。今の学校には合格できたけど、親父はそれじゃあ満足しなかった。役立たずって言われたよ」
ルエンくんは明るくて優しいから、家族に恵まれてるんだとばかり思ってた。…違ったんだ。親から『役立たず』だなんて言われたら、子どもは泣いちゃうよ。
「入学してから、一度も実家に帰ってない。…縁を切られたってのが正しいかな」
じゃあルエンくんは…。何のために学校で勉強してるんだろう。
「ルエンくんは、騎士になりたくないの?」
なりたくないって考えてたら、悲しいな。おっちゃんが一生懸命指導しても、ルエンくんに真に届いてないんだったら悲しい。
「前は、特に騎士になりたいとは思ってなかった。まあ、帰る家もないし、一般でも騎士になれれば食うには困らないから。それだけ」
そこで一旦言葉を区切ったあと、ルエンくんは今日一番の笑顔を見せた。
「でも今は、真面目に目指してるよ!ホント!」
きっと何かキッカケがあったんだろうけど、ルエンくんはそれは言わなかった。
照れるように笑うだけ。そして、すっと立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。遅くなったら、教官にぶっ飛ばされるから」
太陽は少し傾いて、夕方の色になってきてた。
「おっちゃん、そんなに怖くないよ」
俺もつられて笑った。おっちゃん、学校ではどれだけ怖いんだろ。
のんびり歩いて、アパートの前まで帰ってきた。今日はこれでお別れ。またいつか出かけることがあるのかな?なんて思ってバイバイって言おうと思ったら。
急にルエンくんが俺の手を掴んだ。
「イズルくん!卒業しても、一般出の騎士だから、すぐには楽な生活できないと思うけど!でも、きっとオレはイズルくんを幸せにするよ!だから、けっこ…」
ルエンくんの迫力に圧されてビックリしてると、玄関のドアがドゴンって開いてまたビックリ。
「却ッ!下ッ!!」
勢いよく出てきたおっちゃんは、ご近所に響き渡るでかさでルエンくんを怒鳴りつけた。聞こえてた?帰ってくるの待ち構えてた?
頭の中で質問がぱぱぱーって出たけど、言う暇は無い。
おっちゃんは素早くルエンくんに掴まれた俺の手を引っぺがして、そのまま俺をグイッと引っ張って家の中へ。
バイバイを言う間もなく、ルエンくんの姿は遮断された。急な出来事にぽけーっと放心状態になってる俺の傍、固く閉じられた玄関ドアを挟んでおっちゃんとルエンくんが言い合いしてた。
「許してください」とか。「許すかこの野郎」とか。
しばらくすると、ルエンくんは諦めたのか外が静かになった。
静かになったあともしばらく、おっちゃんはドアを睨んでた。そして、おっちゃんは肩を怒らせて椅子にどっかと座り、俺の頭やら肩やらをわさわさ撫でた。
「ルエンに変なことされなかったか?」
おっちゃんってば、心配性。
「変なことされなかったよ。いろいろお話して、楽しかった。…おっちゃんも、ありがとう」
お出かけしてもいいって言ってくれたこと。ルエンくんにあらかじめ俺の事情を話しておいてくれたこと。今日のこと思い出して、おっちゃんにぎゅっと抱き着いた。
「なんだ?変な坊主だな」
おっちゃんは首をかしげて、俺の頭をわしゃわしゃした。あったかい、大きい手。ルエンくんにも、おっちゃんが優しいって知ってもらいたいな。
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