その後5 おでかけ前編

「やっぱりやめとくか?ルエンが来たら、追い返してやろうか?」


ルエンくんとおでかけ当日の朝。

おっちゃんは狭い家の中をソワソワウロウロして、何回も何回も俺に尋ねた。おかしなおっちゃんだ。行っていいって言ったのはおっちゃんなのに。笑いそうなのを堪えて、おっちゃんを落ち着かせる。


「大丈夫だよ。ルエンくん、変なことしないよ」


変なこと…。それは一体なんなのか分かりたくないけど。ルエンくんは変なことしなさそう。多分大丈夫。


「人のいない場所に行くなよ。危ないなって思ったら逃げるんだぞ?」


「おっちゃん、心配性だなあ」


そんな会話を何度も繰り返してるうちに、迎えに来てくれる約束の時間。11時。その時間ちょうどに、ドアがノックされた。


おっちゃんが厳ついオーラ全開で玄関ドアを開ける。おっちゃんが立ちはだかってるので、俺には来訪者の姿は見えない。でも、見えなくてもすぐに分かった。


「本当に来たんだな、ルエン」


「当たり前じゃないですか!」


ルエンくん、時間ピッタリ。すごいな。俺も椅子から下りて、玄関に向かう。おっちゃんは溜め息交じりに、玄関ドアの脇に避けた。そこでルエンくんの姿が見える。


「イズルくん、今日はありがとう!じゃあ、行こうか!」


ルエンくんは制服着てた。そういえば養成学校の学生さんは外に出るときも制服ってルールがあるって手紙に書いてたような。


「おっちゃん、行ってくるね」


おっちゃんは心配そうに、俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。


「気を付けろよ、坊主。…ルエンも分かってるな。坊主に変なことするな。坊主を危ない目に遭わせるなよ」


「任せてください!」


ルエンくんの元気いっぱいの返事に、おっちゃんは溜め息で返事した。


ルエンくんとおでかけ。今日は一体何があるのかどこへ行くのか。ルエンくんおまかせコースで、俺の知らない道を歩いた。

ルエンくんの学生生活の話とか、学校でのおっちゃんの話とか、俺の郵便局の話とか、パン屋さんとか図書館とか。そんな話をしながら歩いた。


ルエンくんはお話が上手だった。話題が途切れることもなくて、話の振り方がうまい。イケメンで将来は騎士で、話も上手。そんなルエンくんに感心しつつ、連れてこられた場所。


「ここ、美味しいんだって」


ルエンくんに連れてきてもらったのは、若い人がいっぱいいるカフェレストランだった。すごい。初めて来た。この世界で初めて触れる若者らしいオシャレさ。


「ルエンくんは、こういうとこよく知ってるの?」


テーブルについてメニューを眺めて、俺は少し困惑して聞いてしまった。元の世界でも華やかで賑やかな街とかよっぽどじゃないと行かなかったから、この店もちょっとソワソワする。


「…実は、そんなに知らなくて。友達に、人気の店について詳しい奴がいるから、聞いてきたんだ」


照れ笑いするルエンくん。よかった。ちょっと安心した。


店員さんにすすめられたランチは美味しくて、オシャレな雰囲気にも慣れてきた。


「いつもはこういう店に来ないから、来れてよかった」


食べ終わったあとにそう伝えると、ルエンくんはニコーってすごい笑顔を見せた。眩しい。


お支払いはルエンくんがした。俺が払うよって言ったけど、ルエンくんに拒否された。いいのかな。ルエンくんの誕生日なのに。俺は悪女になってしまう。


支払いを終えたルエンくんに「ありがとう」って割り切れない気持ちで言うと、俺のモヤモヤを察したのかルエンくんが慌てた。


「オレが連れてきたから、オレが払いたいんだよ。今度、もし、そう、あの…。イズルくんがオレを誘ってくれたら、そのときはイズルくんに支払いお願いするかも」


今度があるのかどうかは分からないけど…。あるのかな?おっちゃんがいいって言えば、あるかも。


「分かった。じゃあ、今度は俺が払う。覚えといてね」


まあいっかと、深く考えずに頷く。するとルエンくんはまたニコーっと笑った。顔も真っ赤だった。イケメンを真っ赤にさせてしまった。俺は悪女かもしれない。


と、そんな自分自身への悪女疑惑はさておき。ルエンくんは次の場所へと誘ってくれた。


「少し歩こうか。雑貨屋とか、若い職人の工房が並んだ通りがあるんだ」


工房か、面白そう。


「行こう行こう!」


大通りを曲がり、少し雑多な通りに入った。狭い工房が並ぶ通りは、俺にとっては親近感が湧く雰囲気。

工房の軒先に、いくつも商品が並べられていた。ガラス工房の前のランプに見とれたり、陶器工房の前でお皿を手に取ったり。気になったところは全部立ち止まった。


そして、通りの一番端っこの工房。そこでも俺の足は止まった。


「この箱、いいな。ルエンくんからの手紙を入れておくのに、ちょうどよさそう」


小物入れなどを作る箱の工房。そこにあった四角い、A4サイズくらいの箱に目が留まった。透かし彫りというやつで、星の図柄が描かれていた。

星祭りのルエンくんの舞台のことが頭をよぎって、ちょうどよさそうってつい口から出た。


「そ、そ、そっか。手紙、取っておいてくれてるんだ。よし、この箱、プレゼントするよ」


しまった。余計なことを言った。俺がそんなこと言ったら、ルエンくんが買ってあげると申し出るくらい分かることなのに。悪女一直線。


「いいよ。今日はルエンくんの誕生日だよ。今度、いつか。もし機会があったら、その時によろしく」


機会、あるのかなあ。分からないけど、ルエンくんはニコニコして「また、そうだね。また!」って言ってるから…ま、いっか。

そんなことを考えながら、工房の通りから大通りへ出る、その曲がり角。周りを見てなかったから、俺は人にぶつかってしまった。


どすんという衝撃でバランス崩しかけたけど、ルエンくんが支えてくれた。転ばなくてよかったと思うと同時に、ぶつかった相手に謝らなきゃと頭を下げた。


「ぶつかってしまってすみませんでした」


そう謝ったら、それで終わりだと思った。

大丈夫ですよー気を付けてくださいねー、って。そんな感じで終わると思った。

だけど。

ぶつかった相手と、その人と一緒にいた人たち。みんな同じ服を着てた。制服だ。

騎士団の制服でもなくて、ルエンくんの制服とも違う。この人たちはどんな人だろう。


ぶつかったことも忘れて、俺はぼけーっとその人たちを見てしまった。その人たちも、俺たちを見た。ジロジロとイヤな目つきだった。そして、ルエンくんを見て鼻を鳴らした。


「一般か」


何のことか一瞬分からなかったけど、ぶつかった相手も制服ということは。きっとこの人たちは、騎士養成学校の幹部養成校の人たちだ。

そう思い至ったと同時に、ぶつかった相手がルエンくんに吐き捨てるように言った。


「ウロウロしてんなよ、一般が」


それは、とてもとても失礼な言い方だった。差別的な言葉じゃないけど、明らかに見下すような言い方だった。俺の隣で、ルエンくんはグッと歯を食いしばったのが分かった。


どうしてこの人たちは、ルエンくんに失礼な態度を取るんだろう。今日の楽しい出来事を思い返して、俺は言わずにはいられなかった。


「あ、謝ってください。ぶつかったのは悪かったです。でも、失礼な言い方しないでください」


悪意とか侮蔑とか。そんな態度をあからさまに見せる相手に物を言うのは怖かったけど、ガマンできなかった。


「一般に謝る?冗談」


そいつらはバカにするように笑ってどっか行った。その背中を見て、悔しかったけどどこかホッとしてしまった。もっと失礼なこと言われなくてよかったって思ってしまった俺。根っこは弱虫だ。


気まずい空気が流れる中、ルエンくんがポツリと一言。


「ありがとう。イズルくん」


「…ううん」


「あの制服は、幹部養成校のものだ。幹部校で、しかもあの態度だから…。アイツらは多分貴族の坊ちゃんだ。…ごめん。でも、面倒なことになったら大変だから」


おっちゃんが騎士を辞めなきゃいけなくなったのも、貴族の人に濡れ衣を着せられたからだ。

そうか。

理不尽なことでも、自分の身を守るためには我慢しなきゃいけないこともあるのか。ルエンくん自身のためにも。一緒にいる、俺のためにも。


「ルエンくん。俺もごめんね。面倒に巻き込まれないように、イヤな気持ちでもガマンしてくれたんだよね。それなのに俺が余計なこと言って、ケンカになったら…」


街中で制服着てケンカになってたら、学校から何か処分があったかも。出かける前に、ルエンくんはおっちゃんから『坊主を危ない目に遭わせるな』と言われてたし。

俺って浅はかだ。バカだな、俺。シュンと落ち込んでしまったが、ルエンくんは明るい声を出した。


「とんでもない!余計なことじゃないよ!…嬉しかった。ありがとう」


くしゃって笑ったルエンくん。俺のこと、励ましてくれてる。だからもう、イヤな奴らのことは忘れることにした。

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