その後4 図書館にて
最近、行動範囲が少しだけ広がった。郵便局の局長さんに、図書館なる存在を教えてもらったのだ。
お城とか役所とかが集まってるところにある図書館は敷地広くて蔵書もスゴイらしいけど、俺の足で気軽に行ける場所じゃない。
局長さんに教えてもらったのは、郵便局から歩いて10分ばかりのところにある、公民館のようなコミュニティセンターのような、そんな建物の2階にある一室。図書館というより、学校の図書室のような雰囲気だ。今日も仕事帰りに寄ってみた。
「こんにちは」
受付のお姉さんに挨拶すると、お姉さんはニッコリ笑ってくれる。すっかり顔見知りだ。
今日はどんな本を借りようかな。
星祭りのあと、星祭りに関連する神話を読み漁った。ルエンくんの舞台で語られていたものだけじゃなくて、一番星の仲間の話とか凶星になってしまった星の話もあって、とても興味深かった。
童話の棚の前で、俺は背表紙を眺める。どれが面白いのかなあ。
『海のお城』『異国の楽園』『王子様の冒険』
タイトルで想像を膨らませるけど、うーん。どれがいいかなと順番に見ていたら、ある本のタイトルが目に留まった。
『ある騎士の物語』
タイトルを見ただけで、俺はパッとおっちゃんを思い出した。どんな本なんだろう。
ちょっとだけ読んでみて、面白そうだったら借りて帰ろう。そう思って本を手に取ると。
「やあ」
声をかけられて、びゃっとビックリ。本を選ぶのに夢中で、隣に人がいるのに全然気づかなかった。
「た、隊長さん…?」
見回りかな。図書館の中も見回りしなきゃいけないのかな。騎士のお仕事って大変だな。
「その本を借りるのか?」
俺が手に持ってる本のタイトルをジッと見た隊長さんは、薄く笑った。なんだろう…なんの笑いだろう。
コクリと頷くと、隊長さんは満足そうにまた笑った。隊長さんには気を付けろとおっちゃんに言われてるし、俺は本を読まずにさっさと借りて帰ることにした。
貸出の手続きしてもらってる俺の横に張り付く隊長さん。その隊長さんをぽーっとした目で見てるお姉さん。お姉さん、手が止まってますよ。
お姉さんがいつもの3倍くらいの時間をかけて貸出の手続きを終わらせたところで、隊長さんが俺を見下ろして言った。
「もう遅い。家まで送ろう」
まだ日は高い。送ってもらわなくても大丈夫だ。丁重にお断りしようとしたが、その前にお姉さんの溜め息が聞こえた。
「いいわねイズルくん。騎士様に送っていただけるなんて、羨ましいわ」
お姉さんがポーッとしてそんなこと言うから、断りづらくなった。みんなの憧れの騎士様の申し出を断るのは、悪いことのような気がした。
アパートまでの道のり。隊長さんとポツポツ話をした。
「星祭りの日は…楽しかったか?」
「はい。おっちゃんと公園行ったり…楽しかったです。隊長さんは?」
「私は星祭りの日に一般開放される王宮庭園の警備に当たっていた」
そういえば、俺たちの行った公園でも警備の人がいたような。星祭りの日も、騎士の人たちは大変なんだな。にぎやかだからこそ、余計に大変なのかも。
「責任重大なお仕事ですね」
「仕事というものは…そういうものだ。君の郵便局の仕事も、責任重大だろう?」
隊長さん、いいこと言うなあ。俺のような平凡な人間でも、隊長さんのようなエライ人でも、仕事は仕事で責任がある。
最近読んだ本の話とか郵便局の話とかしてたら、気付いたらもうアパート。
「その本を読んだら、感想を教えてほしい。では」
隊長さんはコートをひらりと翻し、町に戻って行った。プロポーズ事件とか愛人事件とかあって、隊長さんのことは警戒すべき変な人だとは思ってるけど、悪い人じゃないから…。
むつかしいな。
ま、隊長さんのことはさておき。まだおっちゃんが帰って来るまで時間あったので、さっき借りた本を読むことにした。『ある騎士の物語』って、どんな話なんだろう。
………。
「ただいま、坊主。おっ、今日も本を読んでたのか。勉強家だな」
本をパタンを閉じて、おっちゃんにおかえりって言う。ついでにおっちゃんの周りをちょろちょろする。本を読んで、俺はちょっとだけゲンナリした気持ちになってしまってた。この気持ちを消したい。
なのに、おっちゃんは本を話題にしてしまった。
「なになに『ある騎士の物語』か。貴族の騎士と町娘が身分差を乗り越えて幸せになる話だな」
おっちゃんがラストを明かしたので、俺はおっちゃんを軽くぽこぽこ叩いた。
「あっ、まだ最後まで読んでないのに!」
「すまんすまん」
おっちゃんは申し訳なさそうに俺の髪をわしゃわしゃ撫でた。
ただ。おっちゃんには怒って見せたけど、ラストの展開はまあ読めた。童話であり純粋な恋愛小説のようで面白いんだけど…。隊長さん笑みの意味も感想を求めた意味も分かった気がして、なんとなくゲンナリしてしまった。俺は町娘じゃないから!
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