その後3 星祭り②

中庭には舞台が設営されていた。

お客さんもそこそこ。簡易椅子があって、おっちゃんと並んで座ることができた。この学校の制服着てる人がほとんどで、あとは学生さんの家族とか、地域の人とか。たぶん。


「もうすぐ始まるね」


「1時間もあるけど、最後まで大人しく観るんだぞ」


「大丈夫だよ。ルエンくんが主役なんだし」


そう言うと、おっちゃんは溜め息交じりに「本当に主役が務まるんだか」って疑わしそうに、まだ誰もいない舞台を眺めた。


そんなこんなしてたら、もう始まる時間。神話だって言ってた。どんなお話かな。




むかしむかし。

星々は皆仲良く、助け合い暮らしていた。

しかし、あるとき。

皆が憧れ、尊敬する、一際美しい星に不幸が襲った。

伴侶を失ってしまったのだ。


その美しい星は、心を病み、他の幸せそうな星々を呪った。

そして、美しい星は凶星になってしまった。

凶星になってしまっては、元に戻ることはできない。凶星を打ち砕くことで、凶星を救うしか道はない。

星々は、凶星となってしまったかつての仲間と戦うことを選ぶしかなかった。


星々の中でも、一番星と呼ばれる星がいた。

一番美しい、というわけではなく、人々が暮らす地上から一番よく見える星だから、一番星と呼ばれていた。


一番星も、凶星との戦いに出なければならなかった。

ただ、一番星には懸念があった。


一番星は、伴侶との間に子供が生まれたばかりであった。

伴侶と共に子供を育て、子供の成長をつぶさに見ていたかった。

今は、それが許されない。

仲間の星々たちと、凶星を討たなければならない。


一番星と伴侶は、戦いの激化を恐れ、泣く泣く我が子を地上に降ろした。

不安ではあるが、地上は緑豊かで心の優しい人々が暮らす地だと知っていた。

だから、地上で我が子は健やかに育つだろうと思っていた。


星々と凶星の戦いは、何年も続いた。

元々の強さに加え、闇に飲まれた凶星は恐ろしい力を手に入れていたのだ。

凶星に討たれる仲間も多かった。一番星の伴侶も、凶星の手にかかってしまった。


それでも何年も何年も戦いを続け、多くの犠牲を出し、ようやく凶星を打ち砕くことができた。


生き残った星々は喜び、そして、失った仲間を想って泣いた。


一番星はその輪には加わらず、すぐさま地上へ降りた。

戦いが激しくなる前に地上に降ろした我が子を迎えに行ったのだ。


そこで一番星が見たもの。


昔のような、緑豊かな土地ではなかった。

荒れ果てた、枯れた大地が続いていた。


人の姿を借りた一番星は、近くを歩く老人に話を聞いた。

「この土地は、このような枯れた場所だったか」と。

老人は答えた。

「昔は水も豊富で緑も豊かだったが、星の瞬きがおかしくなってかというもの、天候は不順になり、国は荒れ、人々の心も荒れた」


一番星は、何が起こったのか理解した。

星々の戦いの影響により地上は見る影もなくなった、と。


一番星は空に戻らず、荒廃した地上を彷徨い歩いた。我が子を探して彷徨い続けた。


しかし、どれだけ探しても我が子は見つからなかった。


ならば、せめて。

一番星は力尽きるその寸前、涙を流した。

この地上に生きる子供たち、すべてに祝福を。


一番星の流した涙は、川になり、海になり、木を育て、森を育てた。




………。

主役の一番星であるルエンくんが舞台の中央で倒れると、観客席から拍手が鳴った。俺も拍手したけど、鼻の奥がツーンとしてしまった。


「うぐっ、ぐすっ、一番星さん、かわいそうだよう」


今にも泣きそうな俺に、おっちゃんはビックリしてた。俺もビックリだよ、こんなに涙腺が緩いとは。


「大丈夫か、坊主」


「悲しいお話だって知らなかった…油断した」


半泣きの俺をおっちゃんがよしよし撫でてくれた。俺はおっちゃんの肩に顔をくっつけて、ちょっと出てしまった涙を拭いた。


「向こうに学生たちが出してる屋台があるから、そこでアメを買ってやろう。甘いもの食べたら元気出る」


おっちゃんに手を引いてもらって、アメの屋台に到着。棒のついてる、べっこう飴みたいなやつだった。


屋台の人も学生さんで、半泣きの俺とおっちゃんを見て「ゆ、誘拐…?」と一言。おっちゃんは学生さんをオーラで黙らせた。

学校のおっちゃんは、鬼教官なんだよね。俺と一緒にいる時のおっちゃんとギャップがスゴイんだよね。俺は少し元気出た。


そもそも、あの舞台が悲しいお話だって聞いてたら泣かなかったし。ルエンくんが演技上手だったのも悪いね。下手くそだったら、感情移入して泣かなかったよ。そうそう、俺が泣いちゃったのは、半分以上ルエンくんのせいだな。そうだそうだ。


買ってもらったアメをねぶねぶしながら、俺は自分の都合のいいように、泣いてしまった理由を心の中でまとめた。


「学校で見る物は大体見たな。次は公園に行こうか。そこで昼メシだ」


「うん。行こう行こう!」


次なる目的地に向かって、元気よく出発!と、思ったが。


「あら、アシオ教官」


正門出る前に、おっちゃんが女の人に声をかけられた。学生さんほど若くなく、でも、おばちゃんでもなくて、なんていうか…女の人だった。そう、女豹のような。なんとなく、そんな感じ。


女の人もこの学校の教官のようで、おっちゃんと仕事の話を一言二言交わしてた。アメをねぶねぶするのも忘れて、ほけーっとしてしまった。

そんな少し間抜け面の俺に気付いた女の人が、申し訳なさそうに眉を下げた。


「あら、ごめんなさい。アシオ教官は今日は非番なんですよね。じゃあね、ぼうや」


女の人は手を振って、俺たちを見送ってくれた。俺も機械的に手を振り返した。だけど、なんだか。

変な気持ちだ。

おっちゃんが仕事の話してたからかな。さっきまで、俺のおっちゃんだったのに。


「どうした?」


俺がほけーっとしてるからか、おっちゃんが手を繋ぎなおしてくれた。おっちゃんと手を繋いでたら、さっきの変な気持ちはちょっと消えた。


仕事じゃないときのおっちゃんは俺のおっちゃんなのに、女の人と仕事の話をしてて変な気持ちになってしまった。おっちゃんと手を繋いだら「ほら、やっぱり俺のおっちゃん」って気持ちで元気になって、公園に着いたときにはすっかり忘れてしまった。


公園は、俺の知っているいつもの公園じゃなかった。屋台や露店がいっぱい出てて、お祭りそのもの。こんなににぎやかなの初めてだ。

ワクワクしておっちゃんの手を引くと、おっちゃんは「まずは腹ごしらえだ」って俺の頭をわしわしした。食べ物の屋台がたくさん並んでるとこで、俺は「あれにする!」と、またおっちゃんを引っ張る。ハンバーガーだ。おいしそうだ。


ハンバーガーを買って公園の芝生に座る。周りでは、家族連れとかカップルとかが同じように屋台のご飯を食べていた。皆、楽しそうにニコニコしてる。俺もハンバーガーをもぐもぐ元気よく食べる。


「おっちゃん、おいしいねえ」


おっちゃんはフッって笑って、俺の口の端についたパン屑を指で払ってくれた。おっちゃんに拾われたばっかりの頃もこんなことがあったなって、思い出し笑いしてしまった。


食べ終わったあとは、本格的に公園をぐるぐる。ゲームできる露店がたくさん出てた。

小さい的にボールを当てるゲームがあった。5回投げて、当たった回数によって景品が変わる。俺は1回しか当たらなかったから、景品はアメ1個だけだった。残念。だけどおっちゃんは5回投げてパーフェクトだった。


「おっちゃん、すごいね!」


コントロールすごいなあって、俺はおっちゃんの指をまじまじ見た。


「大人だからな」


おっちゃんは苦笑いして、受け取った景品をそのまま俺に渡した。パーフェクトの景品は、星の形をしたアメとかクッキーとかの詰め合わせだった。これでしばらくおやつには困らない。


カードを売ってる店もあった。一番星の神話をモチーフにした絵柄だとおっちゃんが教えてくれた。その店はカードを売ってるだけじゃなくて、ゲームもできた。

お店の人と対戦して、勝ったら景品もらえる。俺はルール分からないから対戦できないので、おっちゃんを応援することに専念した。

でも、おっちゃんは惜しくも負けてしまった。残念だ。

負けたのは俺じゃないけど、すごすごとその場を立ち去る気持ちでおっちゃんの袖を掴んだ。だけど、おっちゃんは悔しがる様子もなく、お店の人に言った。


「カード、1セットもらうよ」


おっちゃんは展示してあったカードを買った。負けたから練習するのかな…おっちゃん、負けず嫌いなのかな…。と、思っておっちゃんを見上げたら、おっちゃんは俺の頭をわしわしした。


「ゲームのルール、教えてやる。おっちゃんと坊主で対戦しような」


おっちゃんは俺のためにカード買ったんだ。ひゃふふという笑いがこみ上げてきた。


他にも、紐を引っ張るくじとか、吹き矢のダーツとか。その他もろもろ。くじのような運試し系は俺もおっちゃんも全然ダメだったけど、ゲームに関してはおっちゃん結構すごかった。どのゲームでも景品を勝ち取って、俺に全部くれた。


星祭りの前に、俺はおっちゃんに『星祭りのプレゼントはいらない』って言った。それは本心だ。だけど、値段安くてもチープでも、景品の数々が俺にとって特別なプレゼントだ。


そんなこんなで星祭りをすっかり満喫してたら、あっという間に夕方。たくさん遊んだし、暗くなる前に帰ることにした。おっちゃんと手を繋いで、家に向かう。


お昼ゴハンのあとも公園回ってる間に、屋台でおいしそうなもの見つけて食べたからお腹いっぱいだね。

星祭りってこんなに楽しいんだね。

そんな話をしながら歩いてて、ふと空を見上げると。星がいくつか光っていた。


ルエンくんの劇を思い出す。ルエンくん、演技上手だったな。今度のお出かけのときに、すごかったって感想言わないと。


「坊主は…」


ぼやっと空を見上げて歩いてる俺に、おっちゃんは優しくてちょっと切ない声で言った。


「一番星の子どもかも知れないな」


俺が突然現れた子だから。

この世界では、親のいない出生登録されてない子ってことになってるから。

だからおっちゃんはそんなこと思ったんだろうな。なんだかセンチメンタルな気持ちになる。


神話の中の一番星のこと。

この世界で暮らしてる自分のこと。

おっちゃんに会えたこと。


全部ひっくるめると、つまり。


「俺、一番星さんに『悲しまなくていいよ。子どもはきっと大丈夫だよ』って伝えたいな」


おっちゃんの手をぎゅっと握る。元の世界のお父さんお母さん、それに友達。皆に伝えたい。大丈夫だよって。

おっちゃんは俺にこんなにも優しくしてくれる。きっと一番星さんの子どもも、優しい大人に守ってもらえたと思うよ。


おっちゃんは今日何度目かの、俺の頭をわしわし。


…おっちゃんが教官の女の人と話してるとき、変な気持ちにもなったけど。

きっとあの女の人も、学生さんたちも、おっちゃんの手がこんなに大きくてあったかくて優しいって知らないよね。


誰も俺たちを見てないけど、俺は家に帰りつくまでの間ずっと、自慢するように繋いだ手をブンブン振った。

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