その後3 星祭り①
郵便局のお昼休み。
俺はいつものごとく、おばちゃんたちと一緒にお昼ご飯食べていた。話題は大体いつも、旦那さんのこととかお子さんのこととか。だけど、今日は少し違った。
「もうすぐ星祭りねえ」
「そうねえ。ウチの子どもたち、プレゼントはあれがいいこれがいいって言ってるわ」
星祭りとは何ぞや…。俺の知らないイベントだ。まだ知らないことがたくさんあるなあと思いながらおばちゃんたちの話を聞いてると、急に質問された。
「イズルちゃんは、もうプレゼント決めたの?」
「…まだ考え中です」
星祭りが何かは聞ける雰囲気ではない。子供が親からプレゼントをもらえる日?おっちゃんに聞いてみよ。よく分かんないけど、プレゼント貰えるみたいだし、きっといい日だろうな。
その日の夜。晩ご飯と食べたあとでおっちゃんに聞いてみた。
「おっちゃん、星祭りのことなんだけど」
おっちゃんはニコニコ上機嫌で俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「どうした?プレゼント、何が欲しいのか決まったのか?」
おっと。おっちゃんも俺がまさか星祭りを知らないだなんて思ってないようだ。聞きにくい…聞くけど。
「そうじゃなくって。星祭りってなに?いつあるの?なにするの?」
そう尋ねると、おっちゃんの手が止まった。顔も真顔になった。ニコニコどこに行ったの?
「星祭りを知らないのか?今まで星祭りの日にプレゼントをもらったことないのか?」
久々だ。おっちゃんが俺を可哀想な目で見るのは。そんなに可哀想なことなのか…。おっちゃんの視線にいたたまれなくて、つい俯いてしまった。そしたらおっちゃんが優しくわしゃわしゃ再開した。
「ずーっと昔に星の精霊が降りてきた日があって、それをお祝いするのが星祭りだ。
星の精霊は子供たちに祝福を与えたと言われている。だから星祭りの日は、精霊の代わりに親が子供にプレゼントをあげるんだ」
「そうなんだ…」
「坊主にはおっちゃんがプレゼントやるから安心しろ」
おっちゃんは俺を抱き寄せて、ぎゅってしてぽんぽんしてくれた。
「おっちゃん、ありがとう」
「星祭りの日は祝日で、仕事はお休みだ。街中飾りつけされて、イベントもたくさんしてるから出かけような」
「うん!」
お休みだしプレゼントももらえるし、やっぱりいい日だ。プレゼント、何がいいかなあ。
星祭りのことを理解したせいか、思った以上に街のそこここで星祭りの準備がされていることに気付いた。
街をよくよく見てみると、お店の飾りつけに星のモチーフのものがいっぱいある。そういえば、行きつけのパン屋さんでも星の形のパンが売り出されてた。今度買ってみよう。
ルエンくんの手紙にも星祭りの話題があった。
『学校も飾りつけをして、イベントをするんだ。オレは星祭りの神話の劇の主役をすることになったから、観に来てくれたら嬉しいな』
おっちゃんが首を縦に振ったら、おっちゃんと観に行こう。行くって言うかな、おっちゃん。
そんなこんなで星祭りの日が近づいてきて楽しみな反面、俺は悩んでいた。プレゼントのことだ。俺が欲しいものって何だろう。
新しい服や靴やカバン。隊長さんのお屋敷で食べた、ものすごい美味しいクッキー。それは欲しいと言えば欲しいし、おっちゃんから貰ったら嬉しい。だけど、なんだか違うんだよ。
うーん。悩む。
「坊主、プレゼントは決まったか?」
おっちゃんに毎日聞かれるけど、俺は「考え中」としか答えられなかった。だって、分からない。
星祭りがもう少しというある日。その日も寝る寸前まで、プレゼントのことを考えたけど思い浮かばなかった。
だけど、ベッドに横になって、おっちゃんが俺のおでこをさすりさすりしたとき。俺は天啓が閃くかのように、突然理解した。眠る前に言わなきゃ。
「おっちゃん、俺、星祭りのプレゼントいらないよ」
唐突にそんなこと言い出した俺に、おっちゃんはビックリしたようでおでこから手を離した。
「どうしてだ?遠慮してるのか?」
「違うよ。遠慮なんかしてないよ。考えたんだけど、欲しいものは無いんだよ。俺はもう必要なものは全部持ってる」
おっちゃんから貰ったものは、もういっぱいあるんだ。
「毎日お腹いっぱい食べられるし、住むところもあるし、働くところもある。街の人も親切だし、それに、おっちゃんがいるから」
そこまで一気に言うと、おっちゃんは動きが止まった。身動きしない、呼吸の音も聞こえない。あれ?おっちゃん、どうしたの?
と、思った次の瞬間。
おっちゃんは俺をぎゅーっと強く抱きしめた。
「バカだな。もっと欲張りになれ」
おっちゃん、苦しいよー。って言おうと思ったけど、言うの止めた。おっちゃんにぎゅーっとされるのは、嫌いじゃない。
そんなこんなあって星祭り当日。
「ほら、行くぞ」
おっちゃんと手を繋いで出かける先、まずはおっちゃんの勤める騎士養成学校だ。学校では星祭りのイベントあるけど、おっちゃんは運営の係じゃないから非番なんだって。ルエンくんの舞台は10時半から。それに間に合うように、余裕をもって家を出た。
外は快晴。晴れてると心も軽い。
「晴れててよかったね」
「そうだな」
「さすが星祭り当日なだけあるね」
アパートの付近はそうでもなかったけど、少し大きい通りに出るとお店も街路樹も飾りつけいっぱいされてた。クリスマスみたい。ウキウキする。そんな感じでキョロキョロして歩く俺を、おっちゃんは「危ないぞ」って時々手をにぎにぎして注意した。
騎士養成学校も、正門も校舎も星の飾りつけしてた。なんていうか…。建物の古さと相まってシックな大人っぽい雰囲気だった。すごいなあ。
「敷地内は広いから、迷子になるなよ」
ぽけーっとしてる俺を、おっちゃんは心配そうに見てた。大丈夫だよ。そう言おうとしたとき。
「イ、イズルくん!!」
こちらに駆け寄ってくる人影。ルエンくんだ。舞台の衣裳かな?青くてキラキラヒラヒラの服着てる。
紅潮させた笑顔を見せるルエンくんだけど、つないだ手を離したおっちゃんが俺の前にサッと出た。仁王立ちだ。おっちゃんの顔は見えないけど、恐ろしいオーラが見える…。
「教官、1分…。1分だけイズルくんとお話の許可を!」
ルエンくんが頭を下げたのが分かった。さて、おっちゃんの反応やいかに。
「30秒だ」
おっちゃんが脇によけた途端、ルエンくんにバッと両手を掴まれてビックリ。おっちゃんが「コラ!」っていう間もなく、ルエンくんは必死に俺に伝えた。
「来月、オレの誕生日なんだ!その日、一緒に過ごしてほしい!」
俺が返事する前に、おっちゃんがルエンくんをげしっと蹴った。そして、おっちゃんは俺と手をつないで、ルエンくんを睨んだ。しかし、睨まれたルエンくんも負けてはいない。すごい根性だ、ルエンくん。
はっ。感心してる場合じゃない。返事をしないと。
「…デートは無理です」
好きって思ってくれるのはありがたい。だけど、俺はルエンくんのこと好きじゃないんだ。友達だったらいいなって思うけど、それはルエンくんが望んでるものじゃないだろうし。
「デートじゃない。ただの…おでかけ。オレの誕生日のおでかけ」
ルエンくん、諦めない気持ちがスゴイ。どうしよう。返事に困っておっちゃんを見上げると、おっちゃんは般若になってた。そして、俺の代わりに返事をした。
「昼間なら許可する。それが守れないと…どうなるか分かってるんだろうな?」
おっちゃんの返事に、ルエンくんは感動で震えてた。
「あ、あ、ありがとうございます!!教官!一生ついていきます!」
「ついてくんな」
おっちゃんは素っ気なく…というか、やや雑に言葉を返した。ふたりを見てると面白いな。
「イズルくん!舞台は中庭のステージだから!じゃあ、観ててね!」
ルエンくんは手を振って、スキップしながら軽やかに去って行った。そんなに嬉しいのかな、俺と出かけることが。
「おっちゃん、いいの?ルエンくんと出かけても」
おっちゃんが許可したことが意外だった。過保護なおっちゃんだから、ルエンくんとお出かけはダメって言うものかと。
「たまには、同年代のヤツと遊ぶのも大切だ」
それもそうだなあ。同年代の子と遊んだことないもんな。おっちゃん、俺のこと考えてくれてるんだな。
「ただし!変なことされそうになったら、大声出して逃げるんだぞ」
おっちゃんが大真面目にそう言うので、吹き出しそうになった。ガマンガマン。心配してくれてるんだから、笑っちゃいけない。
「変なことはされないと思うけど…。好きじゃないのに、誕生日にお出かけしてもいいのかな?」
引っ掛かってる素直な気持ちを言うと、おっちゃんは俺の頭をわしゃわしゃした。
「坊主はそんな大人みたいなことを考えなくていいよ。ルエンに美味いものでも奢らせておけばいいんだ」
「それって悪女…!」
俺は男だから、正確には悪女じゃないけど。深く考えるのは止めよう。ルエンくんとお出かけする当日は、お誕生日おめでとうって言おう。
まだ舞台まで時間あったので、敷地内を案内してもらった。おっちゃんと手をつないでるせいか、すごく注目された。
「アシオ教官の子ども…?」「あれが鬼教官?いつもと違い過ぎる」って声が聞こえたりした。
ふふふ。おっちゃんは、仕事のときはみんなの先生だけど、仕事じゃない日のおっちゃんは、俺のおっちゃんなんだよ。
俺は自慢げにニヤニヤして、中庭まで歩くのだった。
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