第31話

隊長さんの寂しさに触れてしまった。少し距離が近くなった気がした。


だから、『早く帰りたい』ってさっきより思わなくなった。

帰りたいのは帰りたいけど、隊長さんと同じ部屋で本を読むのもクッキー食べるのもわりと平気。

…ただ、おっちゃんへのお土産のためのクッキーをポケットに忍ばせるのはさすがに憚られた。

「お土産にちょうだい」って気軽に言えるほどの心の距離でもない。


そんなこんなでクッキーをポケットに入れるチャンスが来ないまま時間が経ち。それまで一緒に読書をしていた隊長さんが、パタンと本を閉じた。


「家まで送ろう」


夕方だけど外はまだ明るいから、ひとりで帰っても平気。でも、隊長さんの親切に甘えることにした。


「ありがとうございます」


てくてくと、俺の歩くペースで隊長さんは歩いてくれた。

つまらないと思われるかもしれないけど、俺は自分の話をした。

毎朝洗濯屋に行くこととか、郵便局のこととか、お弁当屋でイズルスペシャルを頼むこととか。

隊長さんはやっぱり無表情だったけど、俺の話に「そうか」って頷いてた。


そして、辿り着いた一日ぶりの懐かしきボロアパートの前。

隊長さんは俺に言った。


「また遊びに来てほしい」


これは社交辞令だろうか。どうだろうか。

ものすごく楽しかったとは言いがたいけど、隊長さんは親切で俺に気を遣って一緒にいてくれた。

お金持ちのお屋敷で緊張したし、おっちゃんと離れて寂しかったりもしたけど、隊長さんの気遣いは充分に感じた。


「はい!また遊びに行きます!」


友達になれるかな。ちゃんとした友達になれるかな。

そんな期待で、俺は頷いた。


で、これで今日はバイバイってするのかと思ったんだが。

隊長さんがスッと手を差し出した。お別れの握手?


意図はよく分からないが、差し出されたので握手してみた。

すると、ぐっと力を込めて握られた。


「時期尚早かもしれないが…。

私と結婚を前提に交際してくれないか?」


ぽかーん。

はい?何言ってるの?


隊長さんが宇宙語しゃべってる…そんな勢いで理解不能。真面目な顔して、何言ってるのこの人…。宇宙人…?

返事どうこうの前に、言ってることが理解できない。間抜け面して口をポカンと開けることしかできない。


そしたら。


「するわけないだろ!!」


辺り一面に怒声が響いた。

おっちゃんだ!


隊長さんの手を振り払って、少し離れたとこで仁王立ちしてるおっちゃんに駆け寄る。

一日ぶりに会うおっちゃんを見上げると、髭がちょっと伸びてた。夜間演習だから髭剃りできなかったのかな。

そんなどうでもいいことにニマニマしてしまってる俺だが、おっちゃんは隊長さんを怒鳴りつけるので忙しそう。


「帰れ!二度と坊主に近寄るな!」


わー!おっちゃんがすごい怒ってる!

でも全然怖くない。たった一日会わなかっただけなのに、おっちゃんの何もかも新鮮。


おっちゃんは隊長さんになんやかんや怒鳴り散らした。

そして、隊長さんに何か言う隙を与えないまま、おっちゃんは俺の手を引いて家に入った。

一応小さくバイバイしたけど、隊長さん見えたかな?


ボロアパートが壊れるんじゃないかってくらいの勢いで、おっちゃんは玄関ドアをバン!!

苦情来るレベルで開け閉めした。


そして、どっかと椅子に座ったおっちゃんの体からは、怒りのオーラが放たれてた。


「あの隊長、何か思惑があるんだろうとは思っていたが…。

まさか、坊主をそんな目で見ていたなんて…。

全く、どいつもこいつも」


確かに。隊長さんは一体何の目的で現れるんだろうと思ってた。

まさか俺と結婚を前提に付き合いたいだなんて。いつの間にそんな想いを?

あ、でも。


「ルエンくんは文通してるだけだから大丈夫だよ」


一目惚れって言ってたけど、今は文通だけ。

ルエンくんに関しては安心してほしくて、座ってるおっちゃんを覗き込んだ。

けど、おっちゃんは渋い顔。


「アイツも帰り際にしばいてきた。

演習が終わって解散した後すぐ、『教官!イズルくんを幸せにするので、婚約させてください!文通だけじゃ満足できません!』って大勢の前で叫びやがった」


あらー…。おっちゃんにしばかれても仕方ないね、それは。

ルエンくん、そこそこ無事でありますように。


「坊主、気を付けろよ。ルエンにも、あの隊長にも近づくな」


隊長さんもルエンくんも…。俺と結婚したいだって?物好きだな。

でも、もし。俺が結婚するなら…。


「何だ?どうした?」


俺の視線に気づいたおっちゃんが、俺の頬をフニフニ。

おっちゃんのごつい指でフニフニされると、ムズムズする。


「…なんでもなーい!」


何て言っていいのか分からないので、おっちゃんに抱き着いた。

抱き着いた俺の頭を、おっちゃんの大きい手がわしわししてくれた。



知らない世界に来ちゃって大変なはずなのに、俺はちっとも大変って思わない。

それもこれも、おっちゃんに会えたからだ。

おっちゃんに会えてよかった!

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