第30話

手を伸ばす。

…いない。おっちゃんはもう起きたのか…。

おっちゃんが起こしてくれるまで、もうちょっと寝てよ。

…?うん?


「…違った」


ここは隊長さんのお屋敷なんだった。おっちゃんの代わりをしてくれたぬいぐるみは、可哀想にベッドから落ちてた。ごめんねと呟きつつ、拾い上げて寝かせてあげた。

外は明るい。もう朝だ。何時だろう。


ぼけーっと時計に目を遣ると、いつも起きる時間と同じだった。体内時計、侮れない。


顔を洗って、用意されていた仕立てのいい服に袖を通したところで、ノックの音。

ドアの向こうには使用人さん。


「お目ざめでしょうか?朝食の用意ができております」


タイミングばっちりだ。見張られてたりして…。

なんて下らないこと考えつつ、使用人さんについてダイニングルームへ行くと、そこには隊長さんともうひとり。


「おはよう」


ニコニコして挨拶してくれたので、とりあえず挨拶を返す。


「おはようございます…」


誰だろう?隊長さんと同じ、白いコート着てた人。会ったことあるけど、名前は知らない。


「この前は自己紹介してなかったよね。俺はリシュの友達。…仕事では上司と部下だけど。昨日は用があって、夜に来てそのまま泊まったんだ」


隊長さん、気軽に泊まりにくるような友達がいたんだ。

不思議とホッとした。だって、隊長さんはお金持ちでエリートでカッコいいけど、無表情で心が見えない感じがしたから。失礼だけど、友達いないのかな…って。

でも、この人は、隊長さんの両親が旅行中で、この広いお屋敷に隊長さんひとりだったら寂しいだろうなって心配して泊まりに来たんだろうな。いい友達だな。


「仲がいいんですね」


「まあ、そうだね。子供の頃からの付き合いなんだ。それより、昨日はよく眠れた?」


お友達さんがニコニコして話しかけてくれるから、俺はつい油断した。


「少し寂しかったけど、ぬいぐるみにおっちゃんの代わりしてもらったから大丈夫でした」


その俺の言葉に、ピクリと反応したのは隊長さん。


「…?代わり?」


あ。調子に乗って、余計なこと言っちゃった。

また不憫な子だと思われる。ぬいぐるみと一緒じゃないとひとりで寝られない14歳…。本当はもうすぐ17歳…。不憫だよなあ。まあ、今更だし、取り繕わなくてもいっか。


「いつも、おっちゃんと一緒に寝てるんです」


隊長さんが、お友達さんを睨んだ…ような気がした。

お友達さんは、隊長さんに目で何か伝えた…ような気がした。


よくわかんないけど、仲良しだな。良い内容でも悪い内容でも、目で会話できるのは仲良しだ。いいなあ。俺もいつか、仲の良い友達ができるかな。


「おい、お前はそろそろ出勤だろう?」


「ああ、そうだな…。じゃあね、イズルくん」


お友達さんは名残惜しそうに席を立った。その姿を見送り、ふと思う。


「隊長さんは仕事じゃないんですか?」


「私は今日は、たまたま休暇だったんだ。君も今日は休みだったよな?」


そう。俺も今日は休み。


「はい。でも、朝ご飯いただいたら、帰ります」


長居しちゃ迷惑かなって思ったのと、俺自身が早く家に帰りたいって気持ちが大きい。

おっちゃんの帰りはまだでも、あのボロアパートが落ち着く。


「…この屋敷は居心地悪いか?」


うっ。居心地悪くないけど、でもボロアパートのほうがいいっていうのも、このお屋敷に住んでる隊長さんのプライドを傷つけるかな?


「そんなことないです。…でも、隊長さんも忙しいだろうし」


適当な言い訳してみたが、隊長さんは気を遣ってくれた。


「帰りたいのなら、夕方に送ろう。今日は休暇だ。どこか行きたいところがあれば、付き合おう」


行きたいところ…。それはおっちゃんのところ。まだ演習中だろうな。どこにいるんだろう。

おっちゃんのこと考えると、何度目か分からないくらい寂しい気持ちが襲ってきた。

それをぐっとガマン。


「昨日借りた本をまだ読んでないので、本を読みます」


運ばれてきたお皿を眺めつつ、大人しく夕方になるのを待とうと考えた。

時間は経つもの。大丈夫。夕方になったら俺はボロアパートに帰るし、夜になったらおっちゃんも帰ってくる。


柔らかいパンを、必要以上にぎゅうぎゅう噛みしめた。寂しい気持ちも一緒に噛んで飲み込んだ。


そして、朝ご飯のあと。

俺が部屋に戻ると隊長さんも一緒に来て、何でって思った。

だけど、隊長さんは何を言うでもなく、使用人さんが持ってきた本を静かに読み始めた。

俺は童話。隊長さんは、小難しいタイトルの分厚い本。


メルヘンなソファに座って本を読む隊長さんは、童話の中の王子様みたいだ。そんなこと思って盗み見してると、隊長さんとバッチリ目が合った。


「何か?」


「いえ…。何でもないです」


俺が女の子だったら、恋しちゃってるだろうな。


と、そんな感じで午前中を過ごした。

午後も本を読んで過ごそうかなと思ってたけど、隊長さんから提案があった。


「天気がいい。庭を散歩しないか?」


本をずっと読んでて目が疲れてきたし、散歩は気分転換にいい。だから俺は頷いた。


この国の季節はよく分からないけど、最近は暖かい日が増えてきた気がする。

冬が終わって、春が来るのかな。


花壇には小さくて白い花が咲いていた。かわいい花だな。

しゃがんでその花を観察してると、隊長さんも腰をかがめた。


花について何か言うのかなって思ったけど、違った。


「今の暮らしに不満はないか?」


「前も言いましたけど…ありません」


「そうか」


広くて手入れされてて、とても綺麗な庭。だけど、隊長さんは少し愁いを帯びた感じだった。


「隊長さんは、今の暮らしに満足ですか?」


俺の質問に、隊長さんは間を空けて答えた。


「…少し、寂しいと思っている」


寂しいんだ。

お金持ちでカッコよくて、エリートだけど…。寂しいんだ。寂しいから俺を泊めてくれたり、同じ部屋で本を読んだりするのかもしれない。


俺はこのとき初めて隊長さんを身近に感じた。

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